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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

この手を取るなら55

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この手を取るなら55

恵一にどこへ行きたいかと聞いたら、また京都へ行きたいと言う。試しに別のところを提案してみたけれど、恵一は頑なに意思を変えなかった。

夜行バスで揺られながら、恵一は肩にもたれかかったまま安心しきって眠っている。この幸せそうな寝顔を拝めるなら、寝不足になっても構わないな、なんて思ってしまう。眠ってしまうのがもったいなくて。

人の目があるから最初は窓の外ばかり見ていたのに、寝入った途端これだ。目覚めた時の居た堪れない彼の顔が思い浮かぶようで、つい口元が緩んでしまう。

一年前は恋人ではなかった。恵一を笑顔にしたいと思うのに泣かせてばかりの自分は酷い男かもしれない。

それでも恵一は離れたくないという。同じ屋根の下で暮らしながらも、卒業してしまう紳助に寂しさを覚えたのか、人目も憚らず泣いていた。

けれど出逢ったばかりの頃よりよほど良い。無表情で笑いも泣きもしなかった。ずっと何かを堪えているようで辛そうだった。

段々と心を解き放てるようになっているのだろう。まだコントロールの仕方がわからなくて、時々暴走してしまうだけだ。

可愛いから暴走したままでも良いかな、なんて本人には言えない。

「ん・・・」

高速道路を走る車の音で恵一の寝息は掻き消されている。けれど規則正しい肩の上下が、彼の安らかな眠りを教えてくれる。

寄り掛かってくる重みが心地良い。守ってやりたいと思ってしまう。

けれど恵一も同じ男だ。守られるだけでは不服だろうし、紳助と競って並んでいたいと思っているかもしれない。

頬を指で突いたら、口をぽっかりと開けて間抜けな顔をした。

これはマズイ。襲ってしまいたいほど可愛い。

暫く落ち着きなく動いていたが、収まりの良い場所を見つけたのか、再びうんともすんとも言わなくなる。

「恵一」

バスの車内には他にも大勢の客が乗っている。思い思いが静かに過ごしているから、囁くような声で呼んでみた。

反応しないと思っていたのに、肩に寄り掛かったまま服を掴んでくる。

寝てしまうのはもったいない。けれど朝から欠伸を連発していたら、ずっと起きていた事がバレてしまうだろう。

恵一の重みを感じたまま背もたれに体重をかけて瞼を閉じる。ベッドのような快適さはなくても、隣りに恵一の温もりがあるだけで十分睡魔はやってくる。

バスが道程の半分を過ぎた頃、紳助はようやく眠りについた。

 * * *

目覚めた恵一が恥ずかしそうに身体を離してそっぽを向く。気まずいなんて思っているのは恵一だけで、周りの人は気にも留めていないだろう。別に同行者の肩に寄り掛かって寝るくらい大した事じゃない。恋人だと思うから居た堪れないのだ。

「恵一。よく寝れた?」

ぐっすり眠っていたのは知っているけれど、素知らぬ顔で尋ねる。

「・・・うん。」

紳助の場合、身体がそれなりに長身なので、夜行バスは少々窮屈だ。盗難の心配も頭をよぎるし熟睡はできない。

一方の恵一は機嫌が悪そうな装いをしつつも、渋々頷いた通りスッキリとした顔をしていた。

「朝飯、どこで食う?」

「お粥がいい。」

これまた去年と同じコースを巡ろうとしている。

「前のとこか?」

「うん。」

お気に召すとずっとそればかりをリピートするタイプ。目新しいものに飛びついたりしない慎重な恵一を微笑ましく眺めて紳助は頷き返す。

「どこから周る?」

「大覚寺の・・・」

そこまで一緒なのかとさすがに紳助も眉を上げる。

「恵一。永観堂から南禅寺の方に歩いて降りていくのはどうだ?」

「じゃあ、そこ。」

二人で一緒に行くならどこでも嬉しい。

恵一の顔にはハッキリそう書いてあって、キュッと胸を掴まれる。

うっかりニヤけた顔を誤魔化そうと、恵一にサングラスを押し付け、紳助も装着する。

今回の旅行に関して一つだけ恵一のマネージャーである岡前から口酸っぱく言われた事がある。

それは恵一の正体がバレないこと。

万が一ネット上で京都旅行の件が晒されるような事があれば、その時点で即帰還を言い渡されていた。

どこで誰が見ているかわからない。何に利用されるかわからない。紳助と恵一の関係がバレるような事があってはならないのだ。

それは紳助としても同感だった。恵一は渋い顔をしたけれど、こればっかりは彼の甘い見立てに頷くつもりはない。

恵一に頑張ってほしいのに、自分の手で彼の将来を潰してしまうような事は絶対にしたくない。

「紳助」

不服そうにサングラスを掛けたまま先にバスを降りて歩いていく恵一。しかし彼がふと立ち止まって紳助を振り返る。

バスの乗客はすでに散り散りになっていて、京都駅前の人混みの中に呑み込まれてしまっていた。

「早く、行こ。」

恥ずかしそうにしながらも、楽しみで仕方ない気持ちを隠しきれていない声音。彼の中に残るそういう幼さが愛おしい。

サングラスに隠れてしまった輝いているであろう瞳を見られないことが少し悔やまれる。けれどそんな恵一は自分だけが知っていればいい。こんな公衆の面前でわざわざ晒す必要はないのだ。

「飯食うぞ。」

「うん。」

ようやく隣りを並んで歩く気になったらしい。恵一がすごすごと紳助の方へ寄ってくる。

紳助は逸る恵一の歩幅に合わせて、肩を並べて目的の店へと向かった。















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