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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

この手を取るなら54

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この手を取るなら54

ついに構内で卒業制作展が始まった。絵画や彫刻は奇天烈なものもチラホラあるけれど、夢のある工業製品や映像の制作物も沢山ある。二年後、恵一も同じ土俵に立って制作物を並べるのかと思うとワクワクした。

ポートフォリオの時とは違って、紳助の作品は最後に見ると決めた。紳助の作品を見たら、感じるのは驚きだけではない気がした。きっと色んな気持ちが去来して、胸が締め付けられてしまう。

だから紳助の集大成は最後に見る。そう決めた。

紳助は今、学生生活最後の講評を受けている。卒業制作を提出した学生の全ての講評を終えたのち、大賞が選ばれる。

歩の話によると、紳助は候補の一人になっていると学生たちの間では専らの噂らしい。

恋人としての欲目ではなく、きっと相応しいだけの作品になっていると思う。恵一が紳助の作品そのものに関わったのは最初で最後だ。恵一もモデルと学業の狭間で奮闘した作品だから、多くの人の目に留まってほしい。

そんな事に思いを馳せるだけで、涙が込み上げてきそうになる。

昨日は緊張でよく眠れなかった。相変わらず神経の図太い恋人は自分の講評だというのにぐっすり隣りで眠っていたけれど。

紳助くらいメンタルが強いと、見える世界も違うのだろうな、と時々思う事がある。

周りが小さな事でくよくよと悩んでいる間に、彼は遥か高みに駆け上がってしまう。

ちょっと強引だけど、紳助は一度も恵一の手を振りほどくことなどなかった。恵一が息切れをして足を止めてしまった時は、抱き上げてそのまま階段を上り続ける。

彼は止まるな、と言っている気がする。どんな時も前を見て上り続けろと背中を押してくれる。

紳助には弱点などあるのだろうか。彼は、完璧ではないと言っていた。貧弱な自分には納得しづらい主張だけれど、あんな彼にも弱みはあるらしい。それを見せてもらえない事が少し寂しくもあるけれど、今の自分ではまだまだ並び立てないし、支えるなどもってのほかだ。

一緒にいたら、いつか紳助にとってのかけがえのない存在になりたい。それまで共にいることを許されるなら、きっと自分は頑張れると思う。

こんなに好き。彼が目を細めて愛おしげに見てくれる瞬間が、何よりも嬉しくて幸せを感じる。そんな人に、もう二度と巡り会うことはできないと思う。

空間デザインの展示スペースから拍手が聞こえる。部屋を覗き見てみると、見慣れた教授陣が並んで、一人の学生の講評をしていた。

名前は知らないけれど、顔は知っている先輩。何かのファッションイベントで賞を貰っていた先輩だ。公開プレゼンの時に表彰されているのをこの目で見たから記憶にあった。

自分がやりたいと思って飛び込んだ世界だったけれど、今は別の事に興味がある。一年という歳月は、人の人生を変えてしまうのに十分な時間なのだと身をもって知った。

服を作ることより、作られたものを纏ってその意思を感じ取り、この身をもって表現することが今は楽しい。

服は作って終わりではない。誰かが身に付けて初めて息吹くものだ。

紳助がその手で化粧を施してくれた日。鏡の前で自分ではない自分に出逢った。紳助はあの日、何をもって着てみろと言ってくれたのだろう。紳助の頭の中では、今の恵一を思い描いていたのだろうか。

だとしたら凄いと思う。一生を賭けてみたいものを彼は見つけてくれたのだから。

紳助に対する想いは好きだという言葉だけでは語り尽くせない。

そんな彼がこの四年間で学び取ったもの全てを投じた作品。早く見たいような、見てしまうのがもったいないような複雑な気分になっていく。

一つひとつ作品を見終わるたびに、紳助の作品へと近付いていく。もうすでに恵一の足は建築棟へと向かっていた。

建築棟は数ある校舎の中でも古い建物で、階段は他の建物よりも段差がある。建築学科は学生数が少ない。だからこの建物に入ってしまえば、紳助の作品に辿り着くのはさほど時間が掛からない。

すでに泣きそうな気分で階段を上る。上りきったフロアで行き交う学生たちの邪魔そうな視線にも退くことができないくらい、呆然と立ち尽くしてしまった。

「恵一」

「ッ・・・」

目の前の展示スペースから颯爽と現れた紳助を瞬きも忘れて見入る。返す言葉も見つからなくてただ見上げていると、勝ち誇ったように紳助が微笑む。この殊勝な顔が好き。頭に浮かんだ事はそれだけだった。

「恵一、見てくれる?」

紳助は恵一の答えなど待たずに手を取って展示スペースへ歩き始めた。

待って。まだ見たくない。

紳助の背中に心の中で叫んだけれど、口から溢れ出ることのなかった願いは届かず、紳助の歩みを鈍らせることはなかった。

「恵一、頼むから見て。」

立ち止まった紳助が振り返ってそう告げてくる。彼の目を見て、自分の考えが間違えだったと気付く。

紳助はわかっている。泣きそうになっている恵一の気持ちをわかった上で、見てくれと言っているのだ。

紳助の身体で隠れてしまっていた彼の作品を、恐る恐る覗き見る。

彼は制作過程で完成形を見せてはくれなかった。だから、全容も見るのはこれが初めてだった。

模型の迫力に圧倒されて、湧き上がっていたはずの寂しさが吹き飛んでしまった。

「凄い・・・」

「ありがとう。」

陳腐な言葉しか出てこない自分にも、紳助の顔は満足そうだった。

「恵一が作ってくれたやつは、こっち。」

プロジェクターに映し出されているものを液晶タブレットで操作して、とある画面を見せてくれる。町の公民館を模した内装に恵一の織ったものが配置されて、見事に他の家具と調和していた。

「見ても、いい?」

「もちろん。」

画面を操作していくと、模型の全てがリアリティをもって目の前に現れる。恵一が携わっていたのは、彼の制作のほんの一部なのだとわかった。

興奮しながら、夢中で手を動かしていく。紳助の作るものは突飛なものではなくて、生活感があって且つその土地の自然とマッチしたもの。安心できて心地良い。紳助が自分にくれたものと変わりない。

小さな民家にスポットを当てたところを見ていくと、恵一の織ったものが至る所に使われている。デザインは紳助のものなのだが、自分もその制作の一端を担ったのだと思うと嬉しい。

隣りで恵一の様子を見守っていた紳助に微笑んで、また次を探そうと液晶タブレットに手を掛けたところで遮られる。

「紳助?」

「終わりだよ、恵一。」

「・・・。」

「これで、終わりだ。」

紳助の声は普段から落ち着いているけれど、いつもよりもっと静かで胸に響く声だった。

「終わり・・・」

「そう、終わり。」

もう、学校で紳助には会えない。

本当に今日で終わり。残すのは卒業式だけ。

紳助は卒業してしまう。

そう思ったら、周りに人がたくさんいる事を忘れて、目から熱いものが溢れ落ちていく。

紳助を呆然と見上げていると、彼が仕方ないなという顔で抱き締めてくれる。

「あれ、三島。おまえ、今度は男泣かしてんの?」

「愛されてるもんで。」

「もしかして保坂くん? 懐いてたもんねぇ。」

紳助に迷惑を掛けてしまうことだけは嫌だったけれど、幸い不審に思うような人は現れなかった。散々冷やかされたが、紳助が適当に人払いをしてくれる。こういう時、持つべきものは器用な恋人だな、なんて思ってしまう。

「紳助・・・」

「うん?」

「行っちゃうの?」

わかっているけれど、小さな悪足掻きをしてみる。

「なに、おまえ。俺に留年でもしてほしいわけ?」

「・・・留年でも、いい・・・」

ずっとここへ仲良く通えるなら、それでもいい。そんなバカな事を考えてしまうくらい、紳助の事が好きだ。

「バカだな、おまえ。」

「・・・うん。」

嗚咽を上げて泣き始めた恵一の周りに、再び何事かと紳助のゼミ仲間が集まり始める。

紳助は散々揶揄われながらも、泣き止むまでずっと抱き締めたまま慰めてくれた。

















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