妙に上機嫌な恵一の声を聞いて、安心より不安を覚える。気分が舞い上がった後は落ちるだけだ。どん底へ行かなければ問題ないのだが、恵一の場合それが心配だった。上手くトーンダウンして日常のテンションに戻ればいいのだが。
香水の件は手紙には書かなかった。それは恵一が帰国してからじっくり可愛がるための手段にするつもりだ。
「恵一、体調は?」
一番心配なのはそこ。メンタルは会えない以上推測しかできないが、まず、身体が健康であれば、岡前がそばにいるのだ。危機的状況にはならないだろう。
岡前のことは信用している。マネジメント能力は抜群のようだし、公私混同をするようなたちでもない。だから紳助にとって嫉妬の種にならないかというと、それはまた別の話。ある意味、自分より恵一のそばにいる。嫉妬心を態度に出さないのは、プライドの問題だった。
『ご飯もちゃんと食べてるよ。』
「眠れてる?」
『うん。紳助にも送った香水、アレつけるようになってからぐっすり眠れてる。撮影前にハイテンションになっちゃうことも、あんまりなくなったんだ。だから、魔法の薬。』
楽しげに話す声を聞いて、酒でも入っているのかと疑いたくなるくらい。
しかし恵一はお酒を飲まない。体型維持のためもあるが、体質的にあまり受け付けないようだ。
『今日、何するの?』
「本屋に行くよ。仕事に使う資料探し。あと夜、久々に歩と会う予定。」
『え、歩?』
「仕事の愚痴だろうな。」
『ズルい。俺も会いたかった。』
「帰ってきたら、またいつでも会えるだろ?」
『そうだけど・・・』
電話口で膨れているのが容易に想像できる。気に食わないことに否を唱えるようになったのは成長だろう。昔はとどまって押し殺してしまうことが多かったのだから。
「そっちの仕事は? 今、何してんの?」
『ブライダルの仕事。お婿さん役。』
「どっちかっていうと、おまえはお嫁さんだよな。」
『なッ・・・紳助ッ!』
「怒ることなのかよ。俺の可愛い嫁さんになってくれるんじゃないわけ?」
電話越しに黙り込んだ恵一がどう切り返そうかと頭をひねっているのが手に取るようにわかる。
『男前だって言われたもん。それに、スタッフにも本当の恋人みたい、って褒められたんだよ。』
「へぇ。」
『仲良くなりすぎて、岡前さんから釘刺されたくらいだし。すっごい綺麗で性格も明るいモデルさんなんだ。』
可愛いヤツ。嫉妬してほしいわけだな、と納得する。
「それはつまり浮気宣言か?」
『なッ・・・別に、そういう、わけじゃ・・・』
努めて不穏な声で問えば、急に慌て出す。こういう反応をされるから、からかいたくなるのだ。
「よくわかったよ。帰ってきたら、どういうわけか聞かせてもらおうか。」
『ねぇ、紳助。違うってば!』
「口割らねぇなら、身体に聞いてもいいんだけど?」
『ホントに浮気なんかしてない!』
「どうだか。」
電話口で必死になりながらも、きっと恵一は嬉しいに違いないのだ。だって声が満更でもないから。
こうやってふざけた事を言い合って過ぎていく時間が愛おしい。嫉妬をしてほしいと苦心する恋人も可愛い。文句の付け所がない。
精神的にも問題なさそうだと結論付けて、おやすみを言うことにした。
「恵一」
『うん?』
「寂しくなったら言えよ。」
『・・・大丈夫。大丈夫だよ。』
「風呂入ったのか?」
『まだ、だけど・・・』
「入ってこい。」
『う、うん。』
「おやすみ。」
『・・・。』
自分だって、いつまでも恵一の声を聞いていたいけど、ずっとこうしているわけにもいかない。切りがたいのは同じ。ならば、こちらから切ってやるのが優しさだと思っている。
「恵一?」
『うん・・・おやすみ。』
「おやすみ。」
切れるのを待っても恵一から切ることはない。だからこちらから通話を切るのはいつものことだ。
寂しさをわかってやることは大事だ。けれど引きずられて共倒れはいただけない。いい歳をした大人がやることではないだろう。
強くなって帰ってこい。そう願って、スマートフォンをデスクの上に置いた。
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朝霧とおる