整然と並んだ、払いに少し癖のある字。紳助からの手紙を見て、それだけで心が舞い上がる。お守り代わりにスタジオへ持ってくれば、一緒に闘っている気分になれて心強い。
メールにあったように、仕事でいくつか受注したようだ。順調だが忙しいとある。送ったコロンも気に入ってくれたようで、恵一と同じように寝る前につけているという。
やっぱりホッとする香りなのかな、と嬉しくなり、手紙で顔を覆う。仕事場だというのに顔がニヤけてしまって恥ずかしい。
すると鼻をくすぐる香りに気付く。
手紙にコロンの香りがつけられているのだろう。顔を覆ったついでに胸いっぱい香りを吸い込む。
「スタンバイしてください。」
「はい。」
夢心地の時間はこれで終わり。スタッフの声で一気に現実へと引き戻されて、手紙を仕舞う。
「ケイ、随分ハッピーなオーラが出ているね。」
今日のカメラマンは初対面だったが、とても気さくな人だった。揶揄うように声をかけてくる。
今日は女性モデルと一緒に海外ウェディングの撮影だった。何日間に分けて行われるけれど、幸せな気分が滲み出ていて丁度良いかもしれない。幸先が良い。
純白のドレスを着た女性モデルにお辞儀をして、恵一は頭のスイッチが切り替わる。カメラの前で早速彼女を抱え上げると、シャッター音が響いた。
「いいね、それ。居ても立ってもいられない、っていう感じが出てて。」
だって舞って飛べそうなくらい、心が澄んで軽やかだから。
抱き上げていた華奢なモデルをそっと降ろすと頬に口付けをされる。仔犬がじゃれるように戯れていたら、撮影人から笑い声が上がる。
良かった。パートナーを務めてくれる彼女もノリが良さそうだ。
二人で額と額をくっつけ合って、微笑む。
この様子を見たら、紳助は嫉妬するかな。嫉妬してほしいな、と思うけど、仕事とプライベートは彼の中では別らしい。際どいシーンも経験しているけれど、紳助にそれを見せても、そういう意味では無反応なのだ。良かったよ、と感心しているだけ。
何だかちょっぴり面白くない。ようするに、自分は愛されていることを実感したくて、嫉妬してほしいのだ。
「ねぇ、キスしましょ?」
白い肌とブルーの瞳をしたお人形のような彼女が誘ってくる。
こんなこと言われても、普段の自分なら絶対にできない。人前なんて論外だ。けれどカメラの前にいるとできてしまうのは不思議。カメラがあるかどうかが恵一にとっては結構重要だったりする。
幸せなワンショットを演出するべく、ふわりと触れるだけのキスをする。
彼女の頬が染まったことに、恵一は気付かなかった。
* * *
スタッフにとっては期待値を超えていたようで、お褒めの言葉をたくさん貰って、一日目を終えた。しかしホテルの部屋に返って待っていたのは、岡前からの小言というか忠告だった。
「ケイ、演技が素晴らしいのは良いことなんだけどさ、たぶんあの子、君に惚れてるよ。」
「あっちも演技だと思うけど・・・」
恵一の答えに納得がいかないのか、岡前が盛大に溜息をついた。
「優しいのは良いことだけどね、カメラが回ってない時はもう少し適当にかわさないと。気があるって勘違いさせるよ。」
「俺はそんなつもりないんだけど・・・」
「あれじゃあ、気があるように思われても文句言えないよ。」
紳助以外に興味を持つなんて、今の自分にはあり得ない事態だが、興味津々に話しかけられて上手くあしらうことはできない。昔からこの性格はいかんともしがたい。強く出られないのだ。
「飲みに誘われてたけど、絶対行かないこと。」
「・・・はい。」
「面倒なことになるのは、事務所としても困る。」
大人の事情ってやつかな。でも自分も大人であるはずなのだが、イマイチ納得できない。
どうせ仕事をするなら仲が良いことに越したことはない。あちらもその程度のつもりだと思うのだけれど。
胸元に入っていたスマートフォンのバイブレーションが響いてくる。見るまでもなく紳助だと確信を持って開くと、その通りだった。
日本は朝を迎えていて、起きて掃除などを済ませた後だという。有休消化の休みらしく、暇だいう彼に早速電話でもしようと岡前に目配せをする。
「ケイは何より三島くんを優先するね。まぁ、いいけど、あんまり夜更かしはしないように。仕事に支障が出るようなら、許さないからね。」
「はぁい。」
上機嫌で岡前へ返事をして、紳助へと発信する。ワンコールでとってくれた恋人に、胸を躍らせた。
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朝霧とおる