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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

あなたの香り3

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あなたの香り3

衣装をまとい、メイクアップしたら、もう余計なことは何一つ耳へ入れない。撮影スタジオに入ると身体のどこかでスイッチが入って、照明の下で無になっていく。

一種の快感。

何もないということは、そこから無限に広がっていくことができる。どんな変身も遂げられる気がして、この身さえも軽く感じてしまう。

ダニエルが手を挙げて合図をしてくる。始まりのサインだ。

カメラの前に立ったら、もう誰に縋ることもできない。この身体一つで勝負するのだ。

一昨日は挨拶だけ。打ち合わせと呼べるものもないに等しかった。けれど求められるものが彼の眼力で伝わってくる。今までこんなカメラマンを知らなかった。

今回は衣装がメイン。モデルは商品の邪魔をしてはいけない。けれど付加価値をつけて、より理想的でなければいけない。

おまえの顔に映えるね、と言った紳助の声が頭の中によみがえってくる。大学時代、恵一の課題のために紳助が自分を撮ってくれた。思えばあれが自分の出発点。

きっと大丈夫。紳助がその目で自分の適性を見抜いてくれたように、ダニエルも恵一にこそ、と思って選んでくれたのだと思うから。自分は選んでくれた彼の言葉を信じて、ただカメラの前で舞うだけだ。

心を決めると、また一つ雑念が消えていく。あとは手足が勝手に動いた。

シャッター音だけが響くスタジオは静寂だけれど皆のまとう空気は熱い。光をまといながら、ただ没頭していく。

時間はあっという間に過ぎていった。

 * * *

ダニエルも恵一も夢中になって撮影に挑んで、昼過ぎから始まった撮影は深夜にまで及んだ。

ようやく解放された時には、まだ夢心地。促されるまま、ダニエルに誘われてバーへと向かった。

簡単な英語しか話せなくても、互いの熱中ぶりは伝わるものだ。拙い話し方でもダニエルは耳を傾けてくれる。

「ケイ。君のパフォーマンスは素晴らしかった。今日で仕事が終わりなんて、とても残念だよ。」

「ありがとう、ダニエル。」

ダニエルはおそらく恵一の父と同じくらいの歳だ。

「君を見ていると、とても心が充実しているんだとわかる。君は繊細だけど、大胆だ。君をそうさせる、支えてくれる人がいるのかな?」

ダニエルには恵一を通して紳助を感じるのだろうか。そうだとしたら、紳助に負けず劣らずめざとい。むしろ年季が入っている分、経験値は上かもしれない。

「大切な人がいます。こんな俺を、ずっと見捨てないでくれる特別な人が。」

「恋人かな?」

ダニエルはそう問いながら手を顔の前で振って、答える必要はないと笑う。

どこからスキャンダルが漏れ出るかわからない世界。この世界で長く必要とされる人間は、引き際がわかっているものなのだろう。

「自分を低く評価する必要はないよ。君はもっと自分に自信を持ちなさい。君を必要としてくれる人はたくさんいる。今日のパフォーマンスを、皆感激して見ていたよ。」

持ち上げられながら嫌な気はしない。清々しい賞賛に、ここは感謝を伝えておくべきだろう。

「ダニエル、ありがとう。今日の仕事は、とても自信になりました。」

日本人のカメラマンは良くも悪くも気難しい人が多い。ダニエルもある意味こだわりは強い人だが、こうやって仕事を終えれば、人当たりはおおらかで明るい。そこが今まで仕事をしてきたカメラマンたちと少し勝手が違うところだ。

「いつも笑顔でいなさい。寂しいと思い始めて身の振る舞いも消極的になると泥沼だ。毎朝起きたら鏡を見て自分の笑顔を見るんだよ。そうすると、元気が出る。」

「毎朝ですか?」

「そう。私も若い頃、それこそ君くらいの年頃には、たくさん悩んだ。悔しい思いもたくさんした。思い通りにならなくてイライラしたものだよ。その頃から毎朝鏡の中の自分に笑いかけているんだよ。」

ダニエルがこんな話をしてくれる、というのは、寂しい気持ちがどこかで漏れ出てしまっていたのかと、少し不安になる。

「君は今、ちょっとホームシックだろ?」

茶目っ気たっぷりにウインクし、断言されてしまう。

どうしてこうも自分の周りには察しの良い人間が多いのだろう。隠しているつもりでも、他人にはバレバレなのかと心配になる。

「寂しい気持ちを否定しないで、それはそれ、これはこれだ。毎日、どこかで笑う時間を作ってごらん。笑えるのを待つんじゃなくて、自分の意思で積極的に笑うんだよ。若い君なら、すぐに習慣になって、自然に笑えることが増える。」

「たくさん支えてくれる人がいるんだって、今日改めてわかりました。こうやってダニエルとお話しできるのも、何かの縁だから。この絆を大事にしたいです。そのためにも、そうですね、笑顔でいるのは大事かもしれない。」

ダニエルが恵一の言葉に強く頷いて笑いかけてくる。

「笑顔のあるところに人と幸せは集まるよ。」

笑う門には福きたる、ってやつだよね。それはどこへ行こうと同じなのだな、と妙に感心して頷く。

「きっとまた、一緒に仕事をしよう。」

「はい。」

心の中で、勝手にダニエルをアメリカの父と位置付ける。自分の子ども時代に足りなかった父という存在。そのパーツを今急速につなぎ合わせて埋めようとしている自分を感じる。

「ダニエル、何か迷った時、連絡をしてもいいですか?」

「もちろん。頼ってくれるのは大歓迎だよ。でも、恋人にやきもちを妬かれないように気を付けて。」

飄々とした顔の下で、紳助は静かに闘志を燃やしそうだ。気に食わないと思うかもしれない。それとも慌てたりするのだろうか。面白いから、そんな紳助も見てみたい気がする。

「嫉妬してるのも見てみたいかな。」

「君にそういう顔を見せないだけで、案外心の中では一物抱えてるかもよ。」

「でも、その方が人間らしくていいですよ。」

「そうだね。」

またダニエルに撮ってもらいたい。仕事だけではなくて、彼がオフショットのようなものを撮るとしたら、どんな作品になるのか見てみたい。そう思ったら、つい口に出てしまった。

「ダニエル、いつかあなたに、この街を歩きながら俺を撮ってほしいな。」

「ケイ。いつかなんて言わずに、今回の滞在中に撮るのもいいんじゃないか? 岡前さんに早速スケジュールを確認してみよう。」

「え!?」

出来心で言ったことが急展開を迎えて焦る。

「大丈夫。君がホームシックで倒れる前には、ちゃんと日本に帰してあげるから。」

フットワークの軽さに、呆然とする。紳助と過ごした学生時代を少し彷彿させる足取りの軽さだ。

きっと怒涛の滞在になる。遠い目でダニエルを見ながら、今日も紳助作の日記帳が役に立ちそうだと、お酒をあおった。













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