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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

あなたの香り2

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あなたの香り2

夜の十時を回った頃、スマートフォンが着信を告げて鳴り響く。このメロディを奏でる相手は一人しかいない。

「恵一、おはよう。起きたのか?」

『うん。そっちは夜だよね? 忙しかったら、やめとくけど。』

たとえ忙しかったとしても、切る気はない。電話を切った海の向こうで、寂しがる顔が目に浮かぶからだ。

「時差ボケは大丈夫か?」

『ちょっとだけ。今日はオフだからゆっくりして、明日から頑張ってくる。』

「気負い過ぎんなよ。」

『うん。ありがと。紳助、仕事は順調?』

話題はなんだって構わないのだ。ただ声を聞き、安心していたい。遠く離れた地からも、恵一の声はそう訴えてくるかのようだ。

急いた話し方が、恵一の緊張を伝えてくる。こうして話すだけで少しでも肩の力を抜けるのなら、いくらだって時間は割いてやりたい。

「今は山場だな。一つまとまりそうな案件があって、足掻いてるところ。」

『大きいの?』

「そうだな。」

『出来上がったら、見に行きたいな。』

「まだ、気が早いって。」

『契約取れたら、教えてね?』

「それはおまえの励みになんの?」

『うん。紳助も頑張ってるから、俺も頑張らなきゃなぁ、って。』

恵一をこの腕に閉じ込めておきたいと願った瞬間もかつてはあったけれど、世界と闘っていこうと歩き出した彼を、今は見守っていたいと思っている。

恵一はわかっているだろうか。こっちは二ヶ月禁欲生活だ。共に寝起きしているベッドに恵一の匂いや気配は残っているというのに。

部屋のそこかしこに、恵一を思わせるものがある。異国の地で日常から離れる恵一とは違う。

当たり前の日常に、恵一だけが存在しない。繰り返し染み付いた必ずあって然るべきものがないのだ。

この違いが、恵一にはわかっているだろうか。

自分だけが寂しいだなんて言わせない。恵一の気配を感じながら、彼を抱き締めることすらできないこっちの方がよほど辛いぞ、と心の中で悪態をつく。

「体調、気を付けろよ。まぁ、岡前さんがいるから、たいていの事は大丈夫だろうけど。」

半分嫌味、半分本音。

仕事とはいえ、恵一のそばにいるのが他の男というのが気に食わない。岡前がビジネスだと割り切って行動する人間だと、今までの付き合いの中でわかっていても、心情は理性的に事情を汲み取ったりしない。

気に入らないものは気に入らない。ただそれだけだ。

『紳助も、働き詰めで体調崩さないで。』

「まぁね。でも自分でデッドラインはわかってるよ。無理はしない。」

『俺も紳助くらい体力あったらなぁ。』

「比べんなよ。」

こっちは醜態をさらさないように必死なのだ。恵一の期待はそのまま肩にのしかかってくる。ほどよいプレッシャーは自分を高めるための糧。しかし度が過ぎれば無残に崩れるだけだ。

『俺さ・・・もう早速、アレ使っちゃったんだ。』

連絡を取り合うのにも時差と互いの仕事で思うようにはできない。何か気持ちを吐き出したくなったら書けと言って、日記帳を渡した。買った物を渡すのもなんだから、老舗の文具店で紙を選び、わざわざ自分の手で製本した。

丁寧に書く必要なんかない。思ったままを衝動に任せて殴り書きしたって構わない。

もう早速、気持ちが揺れていると聞いて、若干心がざわつく。恋人の繊細さは嫌というほど今まで味わってきたから、平穏でいてくれと願うのは当然だ。

「言えよ。今日は言えるだろ?」

『昨日、ダニエルに会ったんだ。もうなんか、凄い人だなぁって思ったら、ちょっと怖くて・・・。でも妙に興奮して、昨日寝付くまで頭の中がぐちゃぐちゃして大変で・・・。』

紳助が心配したことと少し違う。武者震いというやつかもしれない。存在感に圧倒されつつも、奮い立とうと必死なのだろう。

「せっかくの機会なんだ。楽しんでこいよ。」

『楽しめるかなぁ・・・。紳助と違って貧弱なもんで。』

そう言いながらも笑っていることにホッとする。

笑っているなら大丈夫。恵一がダメな時は無表情になって全ての言動に感情がこもらなくなる。恵一の顔が見えないことが、少しばかり心配だ。

しかしこんな事を思うのも過保護なのだろう。もう恵一はあの世界で新人ではない。

『あの日記にさ、絵描いてもいい?』

「好きに使えよ。」

『ペンの滑りがいいよ、あの紙。人恋しくなったら紳助の顔でも描こうかなぁ。』

「重症だな、おまえ。」

『だって・・・。』

「寂しい?」

『笑う?』

「笑わないよ。」

『紳助』

「ん?」

呼びかけてきたくせに、そのまま恵一は黙り込んでしまう。

急かすような真似はせず、紳助も沈黙を守って、静かにその先の言葉を待った。

『紳助・・・好き。』

「俺もだよ。」

『じゃあ、同じだね。』

不安な時は確かめる。何度でも。

『紳助、おやすみ。』

「おやすみ。」

名残惜しくなるから、即座に通話を切る。呆気なく切ったことをどう思っているのか。真っ暗なスマートフォンの画面を恨めしい顔で見つめているかもしれない。

何倍も何百倍も成長して帰ってこい。

そう願って、紳助は残った家事を淡々とこなし始めた。














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