先に始めていた二人はいったい何の話をしていたのやら。後から部屋へ入ってきた紳助を見て、肩を震わせて笑っている。
歩が指定してきた店はこじんまりとしているものの風格も良く、恵一を押し込めておくには申し分ない、配慮の行き届いた店だった。彼もこんな店を探してこられるようになった事を微笑ましく思い、時の流れを感じてしまう。
恵一は名の知れたモデルだ。だから人の出入りが激しい場所にはなかなか行けない。本人だとバレてしまうと大騒ぎになる。
「ご飯は適当に頼んじゃいましたよ?」
「ああ、任せるよ。で、何を笑ってたんだ?」
「紳助さん、怖いよね、って話です。」
「は?」
「紳助さんが家を建てるとしたら、どんな設計にするのかな、って話してて。」
「それのどこが怖いな、って話になるんだよ。」
「紳助さん、粘着質だから。恵一が家出ようと思ったら、何か仕掛けが作動したりしそう。絶対逃げられないようにカラクリとかあったりして。」
「忍者屋敷にするつもりはねぇよ。」
「わかんないよねぇ、恵一。」
こっちに同意を求めないでくれと必死に首を振りつつ笑う恵一に、ちょっと頭は柔らかくなったのだなと安堵する。昔はこんなバカな話をしても、肩の力を抜いて笑うヤツではなかったから。
「俺はおまえの建てた家にだけは住みたくねぇな。」
「何でですか?」
「設計ミスで崩れそうじゃねぇか。」
「ひどい! そこまで数字苦手じゃないですよ!」
「わかんねぇよなぁ、恵一。」
先ほどの仕返し。年の上下など関係なく言い合える仲間はそう多くはない。壁のない貴重な仲間。
歩はお酒も入ってテンションが高いのか、顔を火照らせながら自分のことだというのに笑っている。
「そういえば、紳助さんが来るまでの間、恵一ってば、ノロケ話ばっかりで。」
「ちょっ・・・」
「へぇ、それは俺も聞きたいな、恵一。」
「何でもないから! もう、歩!」
「どこから話そうかなぁ。」
慌てる恵一を微笑ましく見ながら思う。
そういう話を恵一も誰かにするようになったのかと思うと感慨深い。自分の気持ちを内に秘めてばかりいて、沈み込んでしまいがちだったのに。
自分との関係が恵一にそういう心境の変化をもたらしたのだと自惚れてもいいだろうか。
「恵一、変わったよね。良い意味で。」
歩の突然の言葉に、恵一が戸惑った瞳を向ける。
本人はどう思っていようと、紳助も歩の意見には納得だった。
「言いたい事、結構言うようになったよね。でも・・・」
「なんだよ?」
「もうちょっと頑張らないと、紳助さんの凶暴さと卑劣さとは戦えないかなぁ。」
「そんなヤバいもんになった憶えはねぇんだけど?」
「恵一にベタ惚れじゃないですか。この前、二人で飲んだ時も、恵一の自慢ばっかり。恵一、大丈夫? 惚れ薬とか盛られてない?」
話を振られた恵一は、赤面しながら俯いてしまう。薬云々より、紳助に惚れられているという事実を人の口から話されたことに居た堪れなさを感じているようだった。
今までもこれからも、これほどまでに踏み込んでプライベートを話せる相手は現れないだろう。
恵一が困ろうが、慌てようが、歩の前なら、許容範囲だ。
運ばれてきたビールで乾杯しなおす。気兼ねない宴が始まった。
* * *
恵一が手洗いに立っている間、前回保留になっていた話を蒸し返してみる。
親に同性の恋人がいることを話すかどうかということだ。
「恵一に聞いてみるんじゃなかったのか?」
「えっと・・・一応、解決したんです。」
「はぁ?」
こっちは恵一がどんな反応をするかと肝が冷えていたというのに、自由なヤツだ。この調子で歩のパートナーも振り回されているのだろう。その辛抱強さに拝みたくもなる。
「あれから、賢介と何度も話して、とりあえず納得できた、っていう感じです。」
「ああ、そう・・・。」
歩が恵一に話さなかったからと言って、自分たちの関係に問題が発生しないわけではない。単純に恵一がこの事に気付くタイミングが先送りされただけ。いつか彼も自分も、この問題と向き合う日は来るだろう。
「正直でいることが、すべての人にとって正しいわけじゃないよ、って言われて。」
「・・・そうだな。」
「正直に話すことでラクになりたかっただけなのかも。でも親は違いますよね。きっと悩むし、悲しませるかもしれない。少なくても喜ぶってことはないと思うし。そう言われて、納得しました。自己満足で親を傷付けるのは、違うな、って。」
認めて欲しいという承認欲求は誰でも持っていると思う。けれどそれは時に人を傷付けることがある。事が事だけに、皆が両手を挙げて喜んで受け入れてくれるわけではないのだ。
「好きなら許されるって、どこかで思っていたかったのかも。でも違いますよね、きっと。」
廊下から足音が近付いてくる。恵一のものだ。
「だからとりあえず、なかったことにしてください。」
「わかった。」
本当に歩と彼の恋人の間で解決した話なのか、単に恵一と自分に気を使ったのかはわからない。けれど本人がそれで良いと言うなら、それ以上追及するつもりはなかった。
「おかえり。」
開いたドアに向かって、歩が手を振る。
「恵一、こんな時間まで付き合わせてゴメンね。お肌に悪いよね。」
「大丈夫だよ、大袈裟。」
「俺には謝罪なしか?」
「紳助さんは丈夫だから。」
「扱いの差が酷くねぇか?」
「そんな事ないよね、恵一。鋼鉄みたいに頑丈な人と一緒にされちゃうと恵一が可哀想。」
どこまでも恵一贔屓な後輩に散々可愛くない事を言われつつも、楽しい宴は解散した。
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朝霧とおる