地面からじわじわと水分が立ち上って、空気が湿っている。雲は気ままに浮遊しているけれど、白くて今にも消えてしまいそうな薄い雲ばかりだ。久々に晴れた朝を悩ましく思うのは、肌を思い切り晒すことができないから。一番上のボタンまできっちり閉めて長袖のシャツを纏う。この気候には完全に不釣り合いだった。
「瀬戸、一緒に出勤しようよ。」
「・・・イヤです。」
「別に誰も気にしないって。」
「俺が気にします。」
「怒ってる?」
「・・・別に、怒ってません。」
坂口を盛り立ててしまった原因の一端は瀬戸にもある。しかし胸元や手足に至るまで、赤い腫れや噛み痕が残るほど手を出されては、平日の出勤には差し障りがあることくらい考えてくれてもいい。一度スイッチが入ると見境がなくなる坂口に、少しばかり腹を立てていた。
「じゃあさ、明日はお泊りセット持って、うち来て。」
本当に懲りていない。鏡の前で愚痴を溢して不機嫌だった瀬戸に、ついさっきまで坂口は慌てふためいて宥めようと奮闘していた。しかし怒っているわけではないとわかった途端にこの有り様だ。
「先、出ます・・・。」
坂口の申し出に返事をしないまま玄関に向かい始める。
「一緒に行こうよ。」
「坂口さんは十分後に出てください。」
「瀬戸、冷たい・・・。」
大きな溜息に見送られてドアが閉まる。溜息をつきたいのはこちらの方だが、浮かれ気分の坂口を見て、本心では喜びが勝っていた。坂口を好きだと実感して、それを本人に受け入れてもらえる幸せを、愛しく思わないはずはない。
「梅雨明けかな・・・。」
空を見上げながら声に出して呟くと、肺の中に溜まった甘い空気が押し出されて、全身が浄化されていくような気分になる。
誰かを強く意識すると、心に抱えるものが多くなるから大変だ。けれど坂口に対して自分が抱くたくさんの感情を消し去ろうとは思わない。嬉しくて、不安で、息をするのが苦しくなる時もあったけれど。それをひっくるめて大事にしたいと願うのは初めてで新たな変化だ。
「でも、これはちょっとな・・・。」
噛むと締まるから気持ちが良いなんて言い出して、坂口が首元や手に何度も噛みついてきた。瀬戸の身体には荒々しい痕跡がそこかしこに刻印されている。そして瀬戸の身体は昨夜の情事を生々しく憶えていて、ふと気が緩むと奥に坂口の熱情を感じるようで居た堪れなかった。
「なんにも、待ってくれないし・・・。」
坂口が忍耐力のない人だというのは誤算だ。営業と企画を橋渡しする進捗に携わっているだけあって、仕事では律して立ち回っているように見えた。そういう器用な一面も彼の特質ではあるんだろうけど、昨夜垣間見た方が本性で自分の欲望に素直な人だ。
生半可なスピードでは坂口が追いつけないよう、瀬戸は大股で会社のビルを目指す。けれど急速に近付いてきた足音と息遣いに立ち止まる。
「別々に出た意味ないし・・・。」
振り返ると同時に肩に手がかかる。
「ここから一緒なら良いだろ?」
「・・・。」
怒ったフリをして坂口から顔を逸らして、再び足を進める。瀬戸の頬は急激に火照って、耳まで染めた。
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朝霧とおる