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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

この雨が通り過ぎるまでに45

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この雨が通り過ぎるまでに45

会社のビルを一歩出て、すぐ足を止めた瀬戸を振り返る。帰ると言い出すんじゃないかと気が気ではなくて、思わず腕を掴んだ。

「坂口さんッ・・・」

「帰っちゃダメ。」

「ッ・・・帰りませんから、離してください。」

「ウソ。帰るつもりだっただろ?」

坂口の言葉に気まずそうな顔で目を逸らしたのがその証拠だ。怖気づいているのが可愛くて、つい掴んだままの手を引く。驚いたように目を見開き、慌てるさまを見下ろして満足するなんて、自分は性格が悪いかもしれない。

ビルから漏れ出る明かりと街灯はあるにしろ、すっかり陽の沈んだ外では瀬戸の顔色まで窺うことはできない。けれど染まっているだろう頬を想像するだけで浮かれてしまう。

「定食屋で済ませるのと、弁当買ってうちに来るの、どっちがいい?」

「・・・定食屋で。」

「いきなり変なことしたりしないよ。」

「いきなりじゃなかったら、するんですよね?」

「瀬戸次第だよ。」

「・・・。」

難しいことは何も考えていない。瀬戸を連れ込んで、言いくるめて、頷かせたいだけだ。その先のことなんて、なるようにしかならない。

「明日はちゃんと帰すから。」

「当り前です・・・。」

口を尖らせ、掴み続けていた坂口の手を瀬戸が振り払う。そして坂口が歩き出すより前に、瀬戸は駅の反対方向へと進み始める。

「向き合ってくれるって言うから、期待するだろ?」

「今朝はどうかしてたんです。」

「えー・・・。」

「着いたらちゃんと話しますから、今は黙っててください!」

どんどん先を行くものだから、追いつけない。けれど恥ずかしそうに口をキュッと結んでいるのは容易に想像できる。次々に見せてくれる新鮮な顔に、坂口の頭は沸き立っていた。定食屋への寄り道は、最後の砦を崩すために瀬戸が必要としている心構えの時間かもしれない。いつもよりゆっくり食事を摂ろうと密かな心づもりをして、坂口は息を上げながら瀬戸の背中を追った。


 * * *


「・・・近過ぎませんか?」

「そんな事ないよ。」

「近いと思います・・・。」

「気にし過ぎ。」

「坂口さんは、気にしなさ過ぎです。」

距離を取ろうとソファの隅を選んで座るからいけない。逃げ場のない谷に、自ら飛び込んでいるようなものだ。ソファの面積を半分以上残して、瀬戸のすぐそばへ坂口は腰を下ろす。何もしないという体裁を装うためにコーヒーまで淹れたが、どうやら自分は瀬戸からの信用を完全になくしたらしい。

「瀬戸、はぐらかさないで答えて。」

「・・・。」

「俺の恋人になって。」

好きな相手に近付くための言葉として、これ以上シンプルな要求はないだろう。迫ってくれるなと困り顔の瀬戸に苦笑しつつも、受け止めてくれる可能性があるなら攻めたくもなる。気持ちをわかってほしいと思うじゃないか。

「・・・俺で、いいんですか?」

「瀬戸のことが好きだから、こうやって告白してるんだろ。」

「俺、坂口さんみたく、上手く割り切れないし。付き合っても、つまらないって思うかも・・・。」

「二人で一緒にいたい、って言ってるだけだよ。そんな難しく考えなくていいよ。」

「・・・。」

はぐらかすなと言ったそばから守りに入ろうとする瀬戸を見つめて、不安にさせてしまう自分に内心肩を落とす。

ハードルを下げて、どうにか相手の期待を押しとどめようという悪足掻き。しかし瀬戸の言動を真っ向から否定することはできない。仕事でも恋愛でも、人はそうやって自分が傷付かないで済むように逃げ道を作ろうとする。誰だって傷付きたくない。坂口が瀬戸への想いを長く燻らせていたのも、結局自分が傷付きたくないからだ。

「キスしていい?」

「え・・・。」

「するよ?」

「ッ!」

瀬戸が手にしていたカップごと自分の手で包み込んで、額に唇を押し当てる。こんなの前哨戦だけど、瀬戸が過敏に反応するようなら本心から引くつもりでいた。

「坂口、さん・・・。」

「ん?」

「・・・好き、です。」

「・・・。」

何が瀬戸を昂らせたのかわからないけれど、不意打ちにもほどがある。心揺れて迷っていることに気付いていたからこそ、キスを仕掛けて先手を打ったつもりでいたのに。まさかはっきり言葉にしてくれるとは思っていなくて、面食らう。

「・・・坂口さん?」

「俺のこと、好き?」

「・・・はい。」

つい感極まって圧し掛かるように抱き締める。

「うわッ、ちょっ・・・坂口、さんッ!」

「瀬戸のこと、大事にする。」

しかし言ったそばから後悔した。やらしい事をしようと本能のままに伸ばしかけた手をかろうじて引っ込め、瀬戸の唇から視線を逸らす。

「坂口さん」

「・・・。」

「いいですよ。」

「ゴメン。昨日の今日でする気は、さすがになかったんだけど・・・。」

「でも、ボタン取ろうとしてましたよね。」

真顔で指摘してくる瀬戸に、返す言葉もない。瀬戸の首元に顔を埋めて小さく唸る。けれど己にブレーキを掛けるための小休止は逆効果だった。首筋なんて、彼の匂いが充満している最たる部位だ。

「瀬戸、正直に言っていい?」

「はい。」

「・・・抱きたい。」

「坂口さん、ホントに我慢する気あったんですか?」

「一応・・・。」

呆れたような溜息を聞いて、恐る恐る瀬戸の顔色を窺う。しかし瀬戸の方から口付けてきたのを合図に、元々小さかった罪悪感はあっという間に吹き飛んでしまった。









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