今日一日、雲は雨粒を落とすことなく持ち堪えていたが、蒸し暑さに拍車が掛かっている。瀬戸がそんな風に感じるのは、背後にそびえる威圧感によるところが大きいだろう。
捗らなかった時間を挽回しようと死に物狂いでモニターに齧り付いたが、結局瀬戸は定時までに肝心の仕事を終えることができなかった。そして宣言通り、坂口が瀬戸の後ろに控えている。
「坂口さん。やりづらいです・・・。」
「それ終わんないと、俺も帰れない。版分けするだけだから、もうすぐだろ?」
「そうですけど・・・。」
助けを求めて横に座る川辺に視線を送るが、残念ながら彼の目はモニターを凝視したままだ。
逃げ帰ったりしないための脅し文句だと思っていたが、坂口はかれこれ三十分近く見張っている。冗談ではなく本気だったらしい。もうここまでくれば、腹を括って励むより他なかった。
「坂口さん、今、プリントアウトしたので、取ってきてもらえますか?」
我関せずといった具合に黙々と作業をしていた川辺が、急に坂口の方を見上げる。
「え、ああ・・・わかった。」
「お願いします。」
人を使う川辺を見ることも、使われる坂口を見ることも稀だ。川辺の視線に一瞬狼狽えたように見えた坂口も、瀬戸にとっては意外に思える。今まで知らなかった二人の一面を見た気がして、瀬戸は少し驚いて目を瞬かせる。しかし自分が何を言っても離れてくれなかった坂口が呆気なくコピー機へ向かって歩き出したので、川辺の一声に感謝した。
「ご飯の約束でもしてるの?」
「・・・はい。」
「待ってるわけか。」
「はい。」
本当は自宅に招かれていて、夕飯をどうするつもりなのかはわからなかったが、川辺に逐一報告することでもないだろう。
「困った先輩だ。」
「え・・・いや・・・もう少しで終わるので、大丈夫です。」
しどろもどろ川辺に応えると、これまた珍しく、川辺がいたずらっ子のように微笑みかけてくる。そして小声で告げられた言葉に目を見開いた。
「いっぱい出力したから、坂口さん当分帰ってこないよ。」
「・・・。」
川辺がコピー機の方に目をやったので、つられて瀬戸もそちらに視線を投げる。少し型の古いコピー機は大きな音を立ててフル稼働し、坂口はその前で溜息をついているところだった。
「あとちょっと、頑張って。」
「はい。」
職場で持つべきものは公私混同しない優しい先輩だと、心の中で川辺を拝む。坂口が席へ戻ってくる前に片付けようと意気込み、定時以降、減速していた作業を軌道に乗せた。
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朝霧とおる