時計の針と睨めっこをして時間を空け、瀬戸のあとを追って出社する。とっくにフロアへ着いていてもおかしくないだけの時間が経っていたはずなのに、会社よりだいぶ手前で瀬戸の姿を見つけて、坂口は首を傾げる。
家から離れた場所だし、会社の近くだから瀬戸を刺激することにはならないだろうと名を呼び掛けて、坂口は咄嗟に声を呑み込む。彼が一人ではなく、誰かと立ち話をしていることに気付いたからだ。
相手の顔は木の幹に隠れていて、よくわからない。しかし瀬戸の顔が悲しそうに歪んで、唇を噛む。瀬戸が人に感情を露わにすることは珍しい。無意識に拳を握り締めて足を早めたが、次の瞬間、目の前で起こったことが信じ難く、坂口は歩道の真ん中で立ち止まる。
昨夜引き離したはずの男の腕に瀬戸が収まったからだ。
「瀬戸・・・。」
結局、瀬戸は明かしてくれなかった。昨夜の自分はそれでもいいと余裕すら見せて彼を受け止めたつもりでいた。
「なんで・・・。」
瀬戸が去っていく男の後姿を目で追い掛けている。きっと彼の頭に坂口の存在は一片もないだろう。そう思ったら居ても立っても居られず、立ち尽くす瀬戸の背後まで突き進む。
「瀬戸ッ!」
「ッ!?」
公道で人目があることも忘れて、湧き上がる衝動のまま瀬戸の手を乱暴に引く。
「坂口さん・・・。」
衝撃に驚き、呆気に取られた瀬戸の顔を見て、沸騰していた頭が冷めていく。瀬戸に掛けるべき言葉も見つからなくて、勢いだけで手を掴んだ自分が急に恥ずかしくなった。殺気立って声を上げた坂口に、通行人が不審そうな視線を投げて寄越してくる。
「ゴメ、ン・・・外だった・・・。」
「もしかして、見てました?」
「うん・・・。」
馬鹿正直に頷くこと以外、できることはなかった。気まずい気分で瀬戸の顔色を窺うと、彼は苦笑するだけ。
「・・・気になる。何話してたの。」
「ちゃんと、さよならしたんです。」
「さよなら?」
「いっぱい、間違えてしまったので。」
本当は根こそぎ問いただしたい気持ちがあったが、瀬戸の強い眼差しを見て思い止まる。我慢ならない性格だと思われて、幻滅されたくない。待つという約束を、今こそ果たすべきだと自分に言い聞かせる。
「瀬戸。俺・・・本当に待っててもいい?」
大概、自分もしつこいと思う。しかし昨夜抱いたはずの自信が今の一件で揺らいだのは事実だった。
「もう、待たなくていいです。」
「え?」
「坂口さんと向き合ってみる、って、決めました。」
憑き物がとれたように笑った瀬戸を見て、一瞬息をするのを忘れる。瀬戸もこんな顔をして笑うんだと知って、心に刺さった棘がするりと抜けていく。
「坂口さん?」
「ヤバい。もう、会社行きたくない。」
「ダメですよ。坂口さんいなかったら、回らなくなります。」
困ったように眉を寄せ、瀬戸が坂口を諭しにかかってくる。
「こういう時くらい、真面目な性格は返上しようよ。」
「真面目なところがいいって言ってたのに・・・。」
先に行きます、と言い残して、瀬戸が歩き出す。慌てて追い掛けると、瀬戸の耳が微かに赤く染まっていた。
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朝霧とおる