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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

この雨が通り過ぎるまでに40

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この雨が通り過ぎるまでに40

流された自分が信じられない。もうすっかり恋人気分で迫って来る坂口をどうにか振り切って、彼の家から一人で出社する。シャツだけ借りたのは、隣席である川辺に連日同じ服だと思われたくなかったから。瀬戸からしてみれば、もう十分やましい事をした。指摘されて平静を保てる自信がなかったのだ。

逃げるように速足なのは、坂口が本当に約束通り時間をずらして出社するとは思えなかったから。待つと言いながら手を伸ばしてきた坂口の言う事など到底信じられないけれど、嫌じゃない。そこが一番の問題だ。

しかし好きだと認めるより先に、昇華したい気持ちがある。本当は黒川とケリをつけたい。蓋をして見ないフリをし続けてきた過去が終わらない限り、前へ進めない。心残りがあるまま次の道を選べるほど自分は器用ではないのだ。

「瀬戸ちゃん。」

昨日出くわした洋食屋に程近い大通り。黒川はスーツ姿で立っていたが、声を掛けられなかったら素通りしていただろう。それくらい彼は街並みに溶け込んでいた。

「黒川、さん・・・。」

「通るかな、って思って。」

「・・・。」

立ち止まって呆然と見上げた瀬戸に、黒川は小さく笑っただけで、ガードレールに寄り掛かったまま近付いてくる気配はなかった。

「俺のこと、怖い?」

「・・・。」

「そりゃそうか。酷い事したもんな。」

自嘲気味に笑った黒川が痛々しく見えて、つい一歩彼の方へと足を踏み出す。

「昨日はゴメン。俺のこと見るなり怯えるから、カッとしちゃって。こんなだから、瀬戸ちゃんに嫌われたんだよな。」

「そんなこと・・・。」

嫌ってなんかいない。彼に向ける気持ちが恋心ではなかったというだけの話だ。上手く言えないまま、結果的に黒川の気持ちを踏みにじってしまった。自分の気持ちをきちんと伝えられなかった。そのまま黒川から逃げ出してしまったから、後悔しか残らなかったのだ。二人で犯した間違い。

「黒川さんに謝らなきゃって、ずっと思ってて・・・。」

「瀬戸ちゃんが? どうして? 酷い事したのは俺の方だよ。」

「俺・・・黒川さんの事、傷付けた。」

「・・・。」

「黒川さんの本気に、ちゃんと答えを出さなかったから・・・。」

黒川が力ない声で笑って俯く。

「どこまでお人好しなんだよ、おまえ。」

また一歩近付こうとして、黒川の震えた語尾に立ち止まる。

「俺は最初から知ってたよ、瀬戸ちゃんの気持ち。良い先輩でいられなかった。手出して、裏切ったのは俺だから。おまえは何も悪くない。」

「でも・・・。」

「悪くない。」

互いに互いを傷付けていた。傷に塩を塗り続けて、戻れないところまで突き進んでしまった。

「いっそ、罵ってくれた方がラクだよ。」

「黒川さん・・・。」

「許すなよ。好きって言いながら、あんな事したのに。」

最後に会った日、何人に抱かれたか、正確には憶えていない。けれど汗に混じって落ちてきた涙を知っている。怖くて、痛くて、苦しかったけれど、彼が後悔の中で自分を抱いたことに気付いていた。だから恨めなかった。乱暴をした人に同情するなんて、おかしいのかもしれない。それでも自分は黒川を心の底から憎むことはできない。

愛情と憎悪って紙一重だ。元の先輩、後輩の関係に戻ることはできなくても、一度は自分を助けてくれた人だから、不幸になってほしいわけじゃない。

「黒川さん。今、何の仕事してるんですか?」

「・・・え?」

「前は職場、この辺じゃなかったですよね?」

「転職して・・・今はドライヤーの設計とかやってる。」

話を逸らした瀬戸に、黒川が困惑した表情を浮かべて答えてくる。我ながら話題転換が下手だなと自嘲したが、黒川の返事を聞いて安堵の気持ちが湧く。

「好きなこと、仕事にしたんですね。」

「・・・瀬戸ちゃんが、褒めてくれたから。」

「黒川さんの描くもの、好きだったんですよ。」

「・・・ありがとう。」

「一からやり直したいです。」

「無理だよ。また好きになる。瀬戸ちゃんが好きなのは、昨日一緒にいた彼だろ?」

「・・・。」

黒川に断言されて、瀬戸は驚いて目を見開く。自分はそんなあからさまな視線を坂口に送っているのだろうか。

「話せて良かった。」

「黒川さん。また・・・」

「もう会わない。」

「ッ・・・。」

「これ以上、間違えたくないから。」

寄り掛かっていたガードレールから身体を離して、黒川が瀬戸の前に立つ。頭に乗せられた手が瀬戸を引き寄せて、一瞬の抱擁だけ残して離れていった。

「バイバイ。」

「黒川、さん・・・。」

速足で去っていく背中に手を伸ばしかけて引っ込める。彼の望むものをあげられないのだから、引き留めるべきじゃない。呆然と小さくなっていく背中を目で追い掛け、黒川が横断歩道を渡り切ったところで植木が視界を遮った。

ホッとしたのか、別れが悲しいからなのか、瀬戸自身にもわからない。今の瀬戸に出来ることは、涙がこぼれないように瞬きを堪えることだけだった。









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