「瀬戸、コーヒーでいい?」
差し出されたカップを受け取って、二人でソファに体重を預ける。思いのほか近い距離に緊張していたら、さらに坂口が手を握ってきたので瀬戸の戸惑いは増していく一方だった。
「こうしててもいい?」
「・・・。」
身体を硬直させたまま、瀬戸は声を発することはおろか、頷くことも拒むこともできなかった。自分でもどうしたいのか、わからなかったからだ。
「あの人、昔の恋人とか?」
「・・・。」
「この手の勘、結構当たるんだけど・・・偏見ないよ。俺も・・・瀬戸のこと、そういう意味で好きだから。」
「え・・・?」
「好きになってくれたら嬉しいな、ってずっと思ってた。でも言うつもりなかったんだ。ホントは、ついさっきまで。」
重ねられた手から、坂口の緊張が伝ってくる。意外に思うと同時に、瀬戸にも緊張が飛び火してくる。珍しくこちらを見て話さない坂口の横顔を見上げて、瀬戸は手の中に汗を感じた。
「だけど、俺にもチャンスあるなら、って思ったら・・・ゴメン。また強引に連れてきちゃって・・・。」
確かに掴んできた坂口の手は強引だったけど、嫌々ついていったわけではない。その背中を頼もしく思って、反論せずに従ったのは自分の意思だ。
「それとも、瀬戸はあの人に付き纏われてるだけで、全然そういう気はない? 俺の勘違い?」
「坂口、さん・・・。」
「うん?」
「俺、わからなくて・・・。」
「何がわからない?」
坂口は本心を打ち明けてくれたというのに、自分だけが隠し事をするのは卑怯な気がしてしまう。それでも本音を明かすのは怖い。結局何も言えずに黙り込んだら、坂口が顔を覗き込んできて、不意打ちで口付けてきた。
「瀬戸、イヤ?」
「ッ・・・。」
唇の感触が生々しく脳に伝わる。頭から全身へ熱が送られて、身体が一息で沸いたような気がした。
「そんな顔されると、俺期待しちゃうけど、いい?」
どんな顔をしているのか、自分ではわからない。ただ体温が急上昇して、恥ずかしさに襲われていることだけは確かだ。
背もたれと肘掛け。ソファの隅に追いやられて、逃げ場はない。握られた手を引き抜こうにも、瀬戸の僅かな抵抗ではびくともしなかった。
「瀬戸が嫌がることはしないって約束する。だから、俺と付き合ってみない?」
「でも・・・。」
また間違っていたら、きっと取り返しがつかない。坂口を傷付けるし、気軽に試していいことだとは思えない。
「あのさ、瀬戸。万が一別れても、仕事辞めたりするのはなしな?」
「え・・・。」
「瀬戸がいなくなったら困る。」
「そんな、こと・・・。」
好きだと言われた事以上に、必要とされているという事実が瀬戸の胸を打つ。彼への想いが恋慕でなかったとしても、坂口は必要としてくれると言っているのだ。
しかし黒川を相手にしていた時とは違う苦さが湧き上がってくる。
恋と親しみを取り違えていたら、坂口を傷付けることには変わりない。彼の差し出してくれた手を取って甘えることに躊躇いがあった。見捨てられたくないと思うほどには心を寄せていて、彼の目が曇るような事をしたくないのだ。
「瀬戸、考えてもわからないと思うよ。」
「でも・・・。」
「俺がそれでいいって言ってんだから、瀬戸は余計なこと考えなくていい。」
逡巡している間に、坂口の唇が再び重なる。驚いて瞬きもせずに坂口を凝視していると、瀬戸の強い視線を感じたのか、坂口がゆっくり目を開いて微笑む。睫毛を数えられるほど近い距離。心臓が爆ぜそうなほど、強く速く鳴っている。
「瀬戸からキスしてくれるまで待ってる。」
「・・・。」
「キスしたくなったら、好きってことだよ。」
坂口の手が両手の甲に重なって、いつの間にか彼の服を掴んでいたことに気付く。慌ててその手を離そうとすると坂口に捕まって、瀬戸は赤面して俯いた。
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朝霧とおる