鈍感だったら良かった。そうすれば瀬戸の嘘に気付かずガッカリすることもなかったのに。責めるような目で瀬戸を見つめてしまった自覚があった。好きだからこそ流せない。
「ウソつかれると、気になる。」
「・・・。」
反論もせず黙り込んでしまった瀬戸に余計腹が立つ。諫めようと試みたものの、衝動に任せて瀬戸の手を取る。
「瀬戸を知りたいって思う俺の気持ちは迷惑?」
「ッ・・・。」
自分でも職場の後輩に言う台詞ではないことはわかっている。しかし瀬戸の困惑した顔を見てもなお、掴んだ手の力を緩めることはできなかった。好きだから邪険にされたら悲しいし、怒りも湧き上がってくる。
「あ、の・・・」
「言い訳くらいしてほしい。」
勝手な事を言っている。瀬戸を攻め立てたところで、距離は縮まるどころか信頼を失くしかねない。
「・・・言えません。」
「・・・。」
「坂口さんに・・・嫌われたくないから・・・。」
唇を噛み締めて瀬戸が俯く。震えた声に一瞬泣かせたと思って焦ったが、覗き込んだ瀬戸の顔は険しいだけで、泣いているわけではなかった。けれど彼の表情を見て、ヒートアップしていくだけだった感情が冷静さを取り戻す。
「瀬戸、ゴメン。つい・・・。」
大人げなく冷静さを失った自分を後悔して、ギュッと掴んでいた瀬戸の手首から己の手を解こうとした時だった。
「あれ、瀬戸ちゃん。」
不愉快さをもたらした元凶の声に坂口は振り向く。昼に会った男の声を、坂口ははっきりと憶えていた。確信を持って呼び声が上がった方を睨むように目を向ける。すると掴んだままの手の中で、瀬戸の身体に緊張が走ったのを感じた。
仲が良かったなんてどの口が言うのだ。普通親しい人を前にして、一歩下がったり身体を震わせたりしない。
「昼もあなたと一緒でしたよね。職場の人かと思ってたけど。瀬戸ちゃん、もしかして、そういうこと?」
「そ、そんなんじゃ、ありません。」
一瞬焦ったように坂口を見て、瀬戸を掴んでいた坂口の手を振り払う。乱暴に手を解かれショックを受けている間に、瀬戸はクロカワと呼ばれていた男の前へ出た。
「先輩と仕事中なんです。」
「へぇ。揉めてるように見えたけど?」
狼狽えた瀬戸に代わって、坂口は毅然とした態度で茶化すような声を遮った。
「仕事中です。今から社に戻りますけど、彼に何かご用ですか。」
「それは残念。食事にでも誘おうと思ったのに。瀬戸ちゃん、連絡先教えてよ。」
「ッ・・・。」
瀬戸の青褪めた顔を見て、この男に気を回すのはやめることにした。当人である瀬戸が嫌がっているように見えるのだから、無礼になったところで構いはしない。
「瀬戸、行くぞ。」
「え・・・。」
再び瀬戸の手を掴み、引きずるようにして出口の方へ向かい始める。男の視線に憎悪を感じて、とにかく瀬戸と引き離したかった。
「あんた、あからさまだね。」
後方から掛かった声に振り向くと、男の顔からは完全に笑みが消えていて、全身から不機嫌さが滲み出ていた。
「そっちこそ。」
瀬戸が嘘をついてでも詮索を免れようとした理由が今ならわかる。坂口は瀬戸と男の関係に察しがつき、居ても立っても居られない気持ちになる。
雨の中同じ傘に収まり、一度も瀬戸の手を離せないまま、自宅への道を突き進む。坂口は見上げてくる困惑した視線を無視し続けた。
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朝霧とおる