そわそわと落ち着かない気分で瀬戸がエレベーターホールへ向かうのを見送っていると、肩に重みを感じる。宇津井の手が乗せられていた。
「へぇ。坂口は瀬戸にご執心なわけか・・・。」
「ッ・・・別にそういうんじゃない!」
「全力で否定するってことは、肯定してんのと同じだな。」
「だから違うって。凄い濡れてたし、大丈夫かな、って。」
「やらかした俺すら、そこまで心配しねぇぞ。」
「しろよ。」
嫉妬していたなんて口が裂けても言えない。しかし感情を堪える一方で、顔が熱くなっていくのを止められなかった。始まってもいない恋。誰かにバレて強制的に終止符を打つなんてことにはなりたくない。
「ホントに違うの?」
「違う。」
人を傷付ける嘘もあるけど、自分を傷付ける嘘もある。ただ好きなだけで、どうにかなろうなんて高望みはしていないのに。それでも本当の事を言えないつらさ。こんなに自分を打ちのめすものだと思っていなくて。言えない片思いを舐めていた気がする。
「ほら、三時までに営業先行くんだろ?」
「あ、そうだった。」
「人の恋愛に首突っ込むな。」
「楽しいじゃん。」
「こっちは真剣なんだっつうの。」
楽しかったのは最初の内だけだ。近付くだけでドキドキして、目が合った時は天にも昇る気持ちで。
今は苦しい。自分が何をするかわからなくて。落としどころのない苦しさが胸で燻っては、逃れようのない恋しさだけは募る。
「言った方がラクになるよ?」
「宇津井だけには絶対言わない。」
「何で?」
「口軽そうだから。」
「ひでぇ。」
まだご飯を食べに行く約束は有効だろうか。誘っても断られることが怖くて、瀬戸に言い出せない。夜じゃなくて、昼休みを合わせるくらいならハードルが低いだろうか。
自分を落ち着かせるために距離を取った。坂口の勝手な都合に瀬戸が異変を感じていないといい。結局離れた途端、瀬戸に平然と近付く宇津井へ嫉妬して、瀬戸の隣りへ立ちたくなってしまった。
せめて叶わない想いなら、一番親しい人間でいたいという欲求は留まることなく湧いてくる。
「ダメだ・・・。」
「は?」
「あー・・・ちょっと、スケジュール詰め込み過ぎて・・・。」
うっかり心の声が漏れ出てしまって、慌てて宇津井に取り繕う。言葉通り、本当にダメだ。このままだと焦って仕事にまで影響しかねない。それくらい自分は今、平静さを欠いている気がする。
「坂口さ、なんで瀬戸にアダルト界隈の話してやらなかったんだよ。詳しくないから困った、って言ってたぞ。」
「ほら、川辺いるし。ちょっとあの日、バタバタだったんだよ。」
「セクハラすんなら平等にしろよ。新人の頃の川辺は、完全に餌食だっただろ。」
「そんな事してない。仕事に必要な知識だから教えたんであって・・・。」
「まぁ、瀬戸って繊細そうだから、ちょっとその手の話しずらいのはわかるけど。」
「・・・確かに一理あるけど、別に深い意味はないよ。」
「あ、そう。」
避けて通った道。思った以上に話が筒抜けで焦る。一体、宇津井はどこまで勘付いているのやら。宇津井の横顔を盗み見る勇気はなくて、傘を差して、ただ前だけを見て歩く。浅い水たまりを踏んで、予想通りスーツの裾を濡らして染みを作った。
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朝霧とおる