戸惑って目が泳いだり、見上げてくる瞳が揺れて頬が火照ったり、小さな変化を見つけては嬉しくなってしまう。仕事をしている時の瀬戸は澄まし顔が多いから。新しい顔を発見できるたびに喜びを噛み締めている。自分の顔がニヤけていないかどうか、それだけが心配だ。
「坂口さん、一番に二課の川辺さんからお電話入ってます。」
「了解。」
一番のボタンを押して受話器を上げる。川辺の隣りには瀬戸が座っているはずで、電話の向こうへ身を乗り出してしまいたくなる。実際そんな事はできないけれど、少しでも瀬戸の気配を感じたいと意識が飛んでいく自分の必死さに笑うしかない。
「お疲れ様です、坂口です。」
『お疲れ様です。メール確認しました。午前中だと助かるんですけど。』
「今からどう?」
『会議室、埋まってません?』
「話し込むような内容じゃないから、俺がそっち行くよ。いい?」
『はい。大丈夫です。』
「了解。じゃあ、今からそっち行く。」
『わかりました。』
川辺との通話を切って、書類片手に席を立つ。基本的にデザイナーは外出しないから、瀬戸が在籍している可能性は高い。会議室は一つ空いていたけれど、川辺のところへ顔を出そうと提案したのは瀬戸の顔が見たいがため。あわよくば話したい。幼稚な確信犯だ。
瀬戸を連れ込んだものの、距離の詰め方は依然としてわからない。いつも通り仕事に追われてみれば、昨夜から朝までの出来事が幻かと思える。
顔を合わせる機会がなければ、坂口の立ち位置は瀬戸にとって他の社員と横並びだろう。畳みかけるように会いに行けば、少しくらい関心を示してくれるかな、という希望的観測。彼の視界に多く留めてもらわないと始まらない。付き合いたいと迫っているわけではないから大丈夫なはずだ。
特別な感情を抱いてはいるけど、特別扱いすることが好意を抱いてもらうための最短ルートではない。最初から深く切り込もうとしたら警戒される。急いてしまう心に、少しずつと言い聞かせながら、二課のフロアへ足を進めた。
* * *
瀬戸の視線はずっとモニターに向けられたまま、坂口と川辺の話を気に掛ける様子もない。あっという間に終わってしまった川辺との打ち合わせに肩を落として、結局自分から話し掛けてみることにする。
「瀬戸」
「はい。」
何の感情も見せないまま振り向いてきた瀬戸に、唾を飲み込む。心臓が駆けていく音を生々しく感じながら、冷静になろうと深呼吸をした。
「体調崩してない?」
「え・・・?」
「昨日、あんなずぶ濡れだったし。大丈夫かな、って。」
「・・・はい。大丈夫です。ご迷惑お掛けしました。」
「全然、迷惑じゃないって。」
内心ハラハラしながら首を振る坂口とは違い、瀬戸の顔色が変わる気配は今のところない。しかし歯切れ悪く窺ってきた言葉に、著しく顔に出ないだけなのだと考えを改めた。
「あの・・・。」
「うん?」
「お礼、させてください・・・。」
気を使わなくていいと言いかけて、咄嗟の判断でその言葉を呑み込む。瀬戸が初めて自分にくれた近付くチャンスだと気付いたのだ。
「酒は飲める?」
「はい。」
「じゃあ、都合つく時でいいから、駅前の焼き鳥屋で飯でもどう?」
「わかりました。」
常連の宇津井に出食わす可能性はもちろんあるが、洒落た店では自分も落ち着かないし、瀬戸はなおさらだろう。
抵抗も示さず瀬戸が素直に頷いてきたので、もう少しプッシュしてみることにする。
「社内メールだと面倒だからさ・・・連絡先、聞いてもいい?」
「はい。」
連絡先一つ聞くにも緊張している。書類を握る手には汗が滲んだ。
しかし張り詰めている自分に懐かしさを憶えるのだ。恋をする楽しさと苦さ。学生時代に舞い戻ってしまったかのような浮ついた足元。もう少しだけこの危うさを味わっていたいと願う。
デスクのメモ帳から一枚切り離して、瀬戸が丸みを帯びた小さい字で書き込んでいく。並べられた文字列は名前と誕生日らしき数字を合わせたシンプルなものだった。
「すぐ、返信する。」
「はい。」
電話番号を要求し忘れた自分の不手際にこっそり肩を落としつつも、瀬戸から上機嫌にメモを受け取り、自分のデスクへ舞い戻った。
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朝霧とおる