他人から情け容赦なくぶつけられる劣情は知っていても、我慢ならずに自分を慰めたことがない。無数の残酷な手を思い出しては我に返るからだ。
「瀬戸?」
会話が盛り上がるほど仲が良いわけでもないし、かといって隣りを歩く坂口を見つめ続けるわけにもいかず、なんとなく地面にばかり目が行く。
「瀬戸、具合でも悪い?」
「・・・え?」
呼ばれている事にも気付かず思考停止していたのは、坂口が昨夜耽っていた行為が頭から離れなかったからだ。坂口本人を目の前に、つい狼狽え言葉も失ってしまう。
「もしかして、枕変わると眠れない人?」
「・・・い、いえ。」
「でも顔色良くない気がする。」
「そんな事、ありません・・・。」
「そう? 無理はすんなよ?」
心配そうに顔を覗き込んでくる坂口にドキリとして、顔を熱くする。
とにかく昨夜から調子が狂いっぱなしだ。帰り道に坂口と出会わなければ、宇津井が提案しなければ、自分は先輩と並んで出勤するなんていう事態には陥らなかったのに。
「瀬戸ってさ、家近い?」
「五つ先です。」
「そっか。」
「はい。」
なんだか会話がぎこちない。坂口から妙に緊張の気配を感じ取って、そうさせてしまう事に申し訳なさを感じる。
仕事は目の前にあるものを一つひとつこなせばいいから、話す内容も的が絞れる。しかし、先輩と肩を並べて歩き、仕事以外の話をするための引き出しが自分にはない。気付けば陳腐な事実だけど、人と関わる事から逃げてきた結果だ。
「あのさ、瀬戸。」
「・・・はい。」
「俺のこと、苦手?」
「え・・・?」
「そんなことない?」
坂口の視線から逃れようとしてきたことを悟られたようで落ち着かない。しかし先輩に面と向かって苦手だと言えるほど世間知らずにはなれないので小さく首を横へ振った。
「ウソ。苦手だろ? 別に怒ってるとかじゃなくてさ。」
「・・・。」
坂口の口から苦手だという言葉を突きつけられると、少し違うような気もしてくる。こちらの内面を暴くような目の強さに恐れを抱いているのは事実だけど、苦手という言葉で括ってしまうには少しピントがズレているようにも思うのだ。
異常なほどに彼の視線を気にしてしまう。それが最もしっくりくる言葉である気がした。
「今度、新歓で話そうよ。別に話したいことなかったら、俺がいっぱい喋るし。」
「俺・・・面白い話、できませんよ。」
可愛げのない言い方だと自分でも思う。けれど後でガッカリされたくないから、先に相手の期待を封じてしまう。人を遠ざける原因だとわかっていてもやってしまうのは、そもそも人から期待されることが怖いからだ。
「そんなことない。瀬戸は真剣に仕事やってくれるし、丁寧だし・・・冗談言わないくらい真面目なところがいいんだろ? 瀬戸の事、悪く言う話は聞いたことないよ。」
「・・・え?」
「面白くないんじゃなくて、素直で真面目ってこと。瀬戸、何も悪い事してないんだから、それ以上自分を卑下するのは禁止。」
「・・・。」
坂口の言葉に少し唖然として、胸を吹き荒らしていく戸惑いに俯く。
「そんなの・・・こじつけです。」
「瀬戸、言ったそばからマイナス思考になんなよ。」
坂口の苦笑する声に不思議と強張っていた肩の力が抜ける。彼の横顔を見上げて返す言葉は見当たらなかったけれど、今までより少しだけ坂口の存在を近く感じた。
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朝霧とおる