温もりと気配が隣りから去って、浅かった眠りから、大友はすぐに浮上した。トイレのドアが開閉する音を聞いて、もうそんな時刻かと残念な気分になる。もう少し柔らかい布団に包まれていたいけれど、薄目を開けて確認した目覚まし時計は、起床予定時刻の五分前を指していた。
「ふぁ・・・。」
布団の中で伸びをする。しかし情事の名残りである微かな痛みより、首元を流れていった身に覚えのない物体に、大友は顔を顰める。
恐々探って手に取った硬いもの。いつの間にか自分の首にはチェーンがかかっていた。
「何・・・?」
チェーンに通った金属の輪を見て呆然とする。
「指輪・・・。」
どうしてこんな物があるんだろう。昨夜、自分は何も纏わず飯塚の腕で眠ったはず。
驚いて瞬きもせずに指輪を見つめていたら、トイレから飯塚が戻ってくる。
「おはよう。」
「・・・。」
こちらの困惑に気付いているのか否か、飯塚は目の前で服を身に着け始める。そして彼の首元にも同じ物が光っていることに気付いた。
「飯塚」
「うん?」
「これ・・・。」
「返品不可ね。」
「ッ・・・。」
「衝動買いだから、大した物じゃないけど。」
ふわりと微笑んで、飯塚がベッドの淵に腰をかける。
「ちょっとずつ、恋人になろう。」
駿との事でみっともないところばかり見せたから、きっと未練があるんだって気を遣わせてる。申し訳ないのに、嬉しい。初々しい学生カップルが好みそうなベタなことに憧れて、叶わなくて、密かに与えられる日を待ち続けているだけだったのに。
「・・・ありがと。」
「良かった。突き返されたら、どうしようかと思った。」
飯塚の大きな掌が大友の頭を撫でていき、頭頂部から彼の温かさが全身に伝っていくような心地がする。
もったいないくらい大切にされてる。求める前に察して抱き締めてくれる腕は、そんな簡単に転がっていない。
飯塚に笑顔を見せようと顔を上げたけど、その前に涙がこぼれてしまった。慌てて隠そうにも取り繕う術はなくて、飯塚の長い指がこぼれた滴をすくい取りにくる。
「ちが、くて・・・ホント、嬉しい・・・。」
「うん。」
「ホントに・・・。」
「うん。わかってるよ。」
微笑んで口付けてきた飯塚の顔を見ていたら、彼の寄せてくれる好意が手に取るようにわかって頬と耳がみるみる熱くなっていく。
想ってもらえるって幸せだ。どんな顔して飯塚は指輪を選んだんだろう。彼は大した物じゃないなんて言ったけど、職業側アクセサリー類を手に取る機会は多いから、これが安物なんかではないことは一目でわかってしまった。
飯塚は高級品を並べたショーケースの前に立っていても、さまになってしまいそう。返品不可っていう言い方が彼らしい。大友の負担にならないようにという彼の気遣いだ。
涙を止められ愛まま、啄むようなキスを繰り返す。しかし急に背後でけたたましく目覚ましの音が鳴り始め、甘い時間はすぐに終わりを告げてしまった。
「ッ!!」
「ッ・・・。」
朝は変わらず忙しないけど、この恋をゆっくり育てていこう。飯塚は自由を求めてあちこち首を伸ばすタイプではないようだから、この願いはわりと現実的だ。肩を並べ、大友の歩幅を確かめながら彼は一緒に歩いてくれる。もう追い掛けることも、待ちぼうけをしなくていい。
立ち上がった反動で、指輪が首元で揺れる。指でそっと触れ、感じ取った輝きと重さは、この恋を温める決意を大友の心に宿した。
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本日でこちらは最終話を迎えました。
ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございます!!
次回作の予告は本日18時頃、当ブログにて告知をさせていただきます。
また上記の次回作とは別に、バレンタイン関連の短編を14日に掲載予定です。
どのカップルで書くかは未定です(笑)
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朝霧とおる