今藤が送ってくれた紫陽花のことが気になって、目に飛び込んでくる花壇を見るたびに唸る。青や赤紫ばかりで、お目当の白はなかなか見当たらない。見たことがないと思っていたが、記憶が疼いて否定する。最近どこかで見たかもしれないと思い直したものの、それがどこだったか、どうしても思い出せなかった。
電話を掛けるタイミングを見計らって、手に握った携帯電話を睨んでいると、雅人が決心する前に着信を告げる。
「うわッ、あ……お、お疲れ!」
『悪い。遅くなった。待った?』
「いや、別に、待ってたわけじゃない。」
本当に自分は可愛くない。シャワーを浴びて一時間近く、首を長くして待っていた奴が言う台詞ではない。
『そう。』
ワンコールで取っておいて、待っていなかったなんていう言い訳がこの男に通用するわけもなかった。
『ところで、昼はどこの誰と浮気してたんだ?』
「お、俺だって、そこそこモテるんだよ!」
火に油を注いで応じると、今藤が不穏な相槌を打ってくる。イタズラだとわかっているくせに、軽く流すという選択肢が今藤にはない。構ってほしいという欲求を満たすには充分な反応だ。
こんな事にドキドキして、今藤に責められることが満更でもない。自分でも厄介な拗らせ方をしていると自覚している。
『じゃあ、そっち戻ったら、俺は上田を問いただせばいいわけだな?』
「誰だか、わかってんじゃん!」
『上田も一緒に飲みの席で、じっくり話を聞こうか。』
電話越しで高らかと鼻で笑う今藤に本気度の高さを感じ取って、同期の酒井たちが絡む際どい会話が頭に浮かぶ。急に焦りをおぼえ、今藤ならやりかねないと慌てた。
「ちょっと飯食っただけだし!」
『元気貰って慰められてんなら、浮気なんだよ。』
「そんなの強引だろ!」
『俺に出来ないことが上田に出来んなら、大問題だろ。こっちは嫉妬どころの騒ぎじゃないんだけど?』
「ッ……」
淡々と告げる声に滲み出る真剣さ。雅人は咄嗟に言葉が出なかった。今藤に結構なダメージを与えていた事も、自分の事に精一杯で気付けないでいた事もショックだった。
『おまえがツライの隠すたびに、俺は無力だって思うよ。』
「そんなこと……」
『素直に甘えろ、バカ。』
「……。」
簡単に出来るなら苦労しない。しかし辛うじてその言葉は呑み込んで、口をギュッと噤む。
「なぁ……」
『ん?』
「行ってもいい?」
『どこに?』
「おまえんち……明日、鍵使ってもいい?」
『……いいね、今の。凄いクる。』
多分今藤の部屋に行ってしまったら、かえって恋しい想いは増すだろう。けれど彼の気配を少しでも多く補給したい気持ちもある。電話で声を聴くだけでは物足りない。
『甲斐』
「うん?」
『今度こそ、ちゃんと俺の部屋にいろよ?』
「……ん。」
『次逃げたら、監禁するからな。』
「ムリだろ、そんなの。」
『結構、本気だけど?』
閉じ込めておきたいと願うくらいには愛されているということだ。ホッとして、嬉しくて、また彼を好きになる。うっかり歪みそうになった頬を摘んで、焦って口角を上げた。
『北海道土産、何がいい?』
泣きそうになったのを見透かしたような、急な話題転換に、内心苦笑する。雅人のプライドを汲んで、絶妙なタイミングで引きを見せるのが今藤らしい。
「カニ、イクラ、ウニ……」
『遊んでるわけじゃねぇんだぞ。』
「昼に美味そうな物、食ってんじゃん。おまえだけズルイ。」
『わかったよ。』
「あと……」
『まだあんのか?』
図々しい要求に呆れた声が返ってくる。もうすぐ紫陽花が満開になる頃合いだから、あの公園へ行こうと口にしかけて、白い紫陽花を見た場所を思い出す。
「こっちにある白い紫陽花、日曜日見に行こ。」
『どっかで見つけたのか?』
「俺が呑んだ暮れてた公園。」
少し自虐的に言うと、小さな溜息が電話の向こうから聴こえてきた。
『あそこにあるのは、青だったよ。』
「白いやつ、絶対あった!」
『酔っ払いの幻覚。』
「じゃあ、どっちが正しいか、確かめに行く。絶対あった!」
『絶対ない。』
嫌な思い出だけ残して、せっかく見つけた二人で過ごせる花園を失いたくない。足が遠退く前に赴いて、今藤に今の気持ちを吐き出して甘えてみたい。プライドが少しくらい折れても、今藤はみっともない自分を見て、笑ったりはしないだろうから。これだけ気に掛けてくれる彼のことを信用していないわけではない。
「絶対、日曜日行くからな!」
『抱き潰すな、っていう忠告?』
「はぐらかしたら、絞める!」
『へぇ。それは楽しみだな。』
わめく雅人に今藤は全く怯む様子はない。そんな今藤に不覚にもときめく自分を恨めしく思いながら、惜しくて切れなくなる前に勢い任せで通話を切った。
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朝霧とおる