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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

紫陽花8

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紫陽花8

逐一、携帯の着信を気にして、すかさず返事を送る自分が笑える。甲斐だって、何度も苦境を乗り越えてきたのだから、放っておいたところで何とかやるはずなのだ。

「ほっとけないんだよなぁ……」

椎名と門の前で別れて、一人大学の講堂に向かう。道に沿って手入れがされた花壇には、咲き始めたばかりの紫陽花が並んでいる。真っ白な萼(がく)を見て、公園で飲み潰れて白い紫陽花だと言い張った甲斐の顔が浮かんだ。

「これは白い品種かもな。」

写真に収め、メッセージは打たずに送る。酔っ払いの戯言だから記憶にないだろうが、もし金曜日の事を甲斐が悔いているなら、想い合う互いの温かさで塗り替えたい。いつもそばで寄り添えるわけではないからこそだ。

甲斐が送り付けてきた昼飯の奥に人の姿がある。わざとらしくデートと銘打って寄越してきた陽気さに少しホッとして、今夜、彼の挑発に乗ってやろうと電話の予定を立てる。写る手と服で、すぐに上田だとわかったが、構ってほしいと訴える恋人をしっかりケアしてやるべきだろう。

勉強会が再開するまでの時間を紫陽花の脇にあるベンチに腰を降ろして過ごす。するとポケットの中で携帯電話が着信を告げた。一瞬でも甲斐からだと思ってしまった自分が苦い。さすがに仕事中私用の電話をしてくる奴ではないと、若干の落胆と共に応答する。

「はい、今藤です。」

『お疲れ様です、上田です!』

勢い余って音割れを起こす携帯電話から一度耳を離して苦笑する。

「どうした?」

『解析に使ってたパソコンが落ちちゃって、課長が復旧作業してたんですけど……』

「ああ。」

『結局、再起動しても直らなくて、システムの人呼んだら、台替えになっちゃって……』

「設定がデフォルトだから、数値わかんない、ってことか?」

『はい。』

アタッシュケースから手帳を出し、走り書きの文字列を辿りながら目的のファイル名を見つける。

「J列の五番目だな。ファイルの後ろの方にあるはずだけど、見てわからないようなら連絡くれ。」

膨大な解析結果と共に設定値も書類で管理している。課員全員で棚は共有しているものの、全項目を一人で覚えるのは困難だ。それぞれ担当の持ち分を管理し合っている。

『ありがとうございます。お疲れ様です!』

威勢の良い声に思わず口角を上げて電話を切る。昼食を共にした甲斐は、彼の明るさに救われたのかもしれない。意図していないとはいえ、恋人の自分を差し置いて甲斐を励ましていることを考えると、少々複雑な気分だ。

「引きずられるもんだな……」

誰かに依存したり影響を受ける事を、若い時は良しと思えず反抗的になることもあった。しかし甲斐を懐に入れた途端、良くも悪くも共鳴し合っている自分がいる。

弱点がなくて頭にくると甲斐は文句を垂れるが、甲斐こそが進の弱点だ。陽気に笑っていてほしくて、傷付く彼を見ると心抉られる。彼のために必死になることが、ここ最近の自分に染み付いている。

早く元気になってくれと願うのは簡単でも、神頼みで事態は好転しない。事が事だけに強引さを発揮するわけにはいかなくて、それも歯痒い。

「あいつはどうしたいんだろ……」

こうなる前に、もっと話を聞いてやれば良かったと後悔が湧く。あえて家族の話を避けていたのは否めない。きっとそれは甲斐も同じだろう。

「腹括れ、ってことだよな……」

純白の紫陽花は、嘘も器用に纏う自分には似合わない。しかしこの歳で何の色にも染まっていない方が珍しいだろう。

さっきまで綺麗だと思い眺めていた白い紫陽花が残酷に感じる。純粋さは不純な自分を自覚するほど鋭く胸を刺すからだ。

けれど誰も愛さない人生はつまらないし、苦しい時があっても抱き締める瞬間はこの上なく満ち足りる。この気持ちを知らなければ良かったなんて一度も考えたことはない。

週末、甲斐を抱く時は、うんざりされるくらい甘やかして自分の色に染めたい。

送った紫陽花の画像を眺めていると、いつの間にか既読になる。白い紫陽花なんて初めて見た、とメッセージを寄越した甲斐に、進は携帯電話の前で小さく笑った。








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