「いいなぁ、楽しそうで……。」
「誰が?」
「あ、や……今藤。北海道に出張。」
うっかり心の声が漏れ出ていたことに、酒井の返事で気付く。週始めからこんな状態では先行きが暗くてかなわない。
「学会?」
「いや、違うらしい。勉強会と営業。」
「器用だよなぁ、あいつ。」
「確かに……」
彼一人でこなせないようなら、営業の誰かが同行していたはずだが、今藤の場合、口が達者なので一人で片付けてきてしまう。しかしどの道雅人が担当の案件ではないので、彼一人で出張へ行ってくれたのは有り難かった。羨ましくてヤキモチを妬いて、きっと良い事は何もない。
「夏入ったら暑気払いってことで、ビアガーデンとかどう?」
「あぁ……うん。いいんじゃない。」
「何だよ、今朝から辛気臭ぇぞ、おまえ。」
「天気悪いと気分上がんなくて……」
「そんな繊細だったっけ?」
「酷くね?」
酒井に気付かれるくらいだから、余程鬱々として見えるのだろう。気合いを入れて出社したところまでは良かったが、早々にミスの連発を報告されれば精気を吸い取られる。しかも自分の落ち度ではないので、尚更やりきれない。
「まぁ、朝からドタバタだったしな。」
「ちょっとは労えよ。」
「甲斐にはマジで感謝してるって。」
「ホントかよ。」
「ホント、ホント。」
棒読みの酒井からの返答など、大して気にしていない。けれど繕えないほど落ち込んでいる自分自身には肩を落とした。忙しいはずの今藤が日中も気に掛けてメッセージを寄越してくるくらいだから、彼にも心配かけている。情けなくて、落ち込み具合に拍車がかかる。
「ちょっと飯行ってくる。」
「おう。」
仕事しろ、と強気の返信をしたのは、なんだかんだ楽しそうな出張であることへの羨望と、少しはその楽しい気分を分けてくれと思う寂しさからだ。弱い奴だと思われたくないと意地を張りながら、内心気付いてほしくもある。
「俺、凄い面倒くさい奴になってる……」
自分で自分に幻滅している時間は無為だ。考え込んだところで状況は好転しない。しかしわかっていてもなかなか浮上できないから苦しい。
最上階にいるらしいエレベーターを待ちぼうけるのは自分にしては珍しい。いつもなら待つことが煩わしくなってしまって、さっさと階段で降りてしまう。けれど今日は俊敏に動く気力が湧かないのだ。
精力を補ってくれるものを腹に収めようと自分に言い聞かせても、お腹が空く気配もない。それでも鰻屋に足を向けたのは、ちゃんと食べると今藤に約束したからだ。
暖簾を潜るとタレの香りが鼻をくすぐり、少しばかり空腹を呼んでくれる。脱力しながら席に着くと、狭い通路を挟んだテーブルによく知る顔がいた。
「甲斐さん、お疲れ様です。」
「あ、上田じゃん。」
研究開発部のマスコットを視界に入れて、雅人は思わず頬を緩める。今藤を尊敬する彼は一所懸命付き従いながら、いつ見ても朗らかなので和む。
「研開、忙しい?」
「今藤さんいないから、課長は大変そうですけど。俺はまだ出来る事少ないので、あんまり戦力になってなくて。」
「ちゃんと戦力だろ。頑張ってる、って聞いてるよ。」
「ホントですか?」
素直に照れて破顔する上田を羨ましく思う。この素直さの半分でも自分にあったなら、今藤の手を煩わせずに済むんだろうか。世話焼きの今藤に結果的には甘えているのだが、そんな遠回りなことをせず、可愛げもあって然るべきかもしれない。
「甲斐さん、なんか疲れてます?」
「やっぱ、わかっちゃう?」
「目がどんよりしてます。」
大袈裟に肩を竦めて、上田と目を合わせて笑う。弱っている時、気に掛けてもらえるのは、同期だろうが後輩だろうが嬉しいものだ。上田の無垢さに元気を分けてもらい、素っ気ない返事を返したまま放置していた携帯を取り出す。
「混んできたから、席、そっち行っていい?」
「もちろんです。どうぞ!」
運ばれてきた鰻重を画面に収めかけたところで思い直し、相席している上田の手元まで枠内に入れてシャッターを切る。デートと銘打って送った画像はタチの悪いイタズラだが、今藤の反応を面白がって待つくらいには心の余裕が生まれる。
「甲斐さん、ご飯撮り貯めてるんですか?」
「まあ、ちょっとな。」
君の上司に構ってもらうためのネタだと言うわけにはいかなかったが、ようやく鳴った腹の虫が気分の浮上を告げていた。
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朝霧とおる