雨が窓を叩く音で目覚めて、起き上がろうとして腰の鈍痛に眉を顰める。まだ身体の奥に今藤がいるような感覚がして落ち着かなかったが、強烈な視線を感じて硬直する。
「趣味悪い。起きてるなら言えよ。」
不敵な笑みだけ返されても納得がいかない。申し訳ないフリくらいしてみろと、心の中で悪態をつく。
「ぐっすり寝てたな。」
一週間分の仕事疲れと、今藤が主張した二週間分の熱情を受け止めて、身体は完全に悲鳴を上げている。関節も筋肉も至る所が痛みを雅人に訴えていた。昨夜の行為を棚に上げて、涼しい顔で告げてくる彼が憎らしい。枕を顔面に叩きつけてやろうと動きかけて、背に走った鈍痛でやむなく手を引っ込める。
「今日行くのか?」
「え?」
「公園。」
「……行く。」
カーテンを開けなくとも、音と湿度で雨を感じる。一瞬言い淀み、結局頷いたのは、人目を避ける利点を優先したからだ。傘という防御もあるので、二人で並ぶことへのハードルが雅人の中で下がってくれる。
「雨だぞ?」
「雨だから行くんだよ。晴れるの待ってたら、紫陽花の見頃、過ぎちゃうじゃん。」
今藤と並ぶのが恥ずかしいわけじゃない。怖いのだ。誰にでも肯定してもらえる関係ではないから、どうしても怖気づく。今藤に気付かれたくないのに、察してほしいという矛盾が、雅人の心で渦巻く。失いたくないからこそ、怖い気持ちは膨らんでいく一方だ。
「贅沢に蟹雑炊とかどうだ?」
「すげぇ美味そう。」
目を細めて微笑む今藤とうっかり目が合ってしまったものだから、思わず顔を熱くする。赤面している自分が想像できるだけに恥ずかしくて堪らない。恋人の気障な微笑みに雅人は弱い。惚れた要因の一つでもあるから、つい目を奪われ、そんな自分に焦ってしまう。
「何赤くなってんの、甲斐。」
「ッ……」
今藤の視線から逃れるように、素っ裸のままベッドを降りる。そして速やかに下着だけ身に付け、洗面所へ向かう。身体のあちこちで上がる鈍痛に眉を寄せながら、もう幾度となく繰り返してきた朝だから、この痛みには慣れたものだ。
「コレ、消えないじゃん……」
洗面所の鏡に映る雅人の身体は鬱血の痕だらけだ。少しは手加減しろと思う一方で、彼との情事に本気で文句があるわけではない。週の半ばに痕を眺めて、寂しさを紛らわせる時もある。頑なに拒むほどでもないのだ。
おかしな関係はやめろと言われたが、雅人にとってはこの関係こそが自然だ。唯一自分らしく、弱さを吐露できる。一線を引いていた時は甘い苦しみに苛まれた。彼の腕を失う自分を想像できない。
顔を冷水にくぐらせると、今藤の前で火照った身体や、頭の中で渦巻くドロドロとした声が鎮まっていく。しかも蟹雑炊だなんて言われれば、機嫌を損ねているのはもったいない。
「甲斐」
「ッ!?」
洗面台で顔を洗っている途中で、背後から回ってきた今藤の手が雅人の腰を捕らえる。咄嗟のことに驚いて顔を上げると、拭えていなかった水滴が四方八方へ飛び散った。
「ビックリすんだろ!」
「背中見てたら、ついな。」
濡れたままの頬を掴まれて、口付けられる。もう慣れた行為のはずなのに、雅人はときめきが過ぎて息を止めた。
「蟹の出汁と醤油でいいよな?」
「……卵も。」
口付けとはちぐはぐな会話を投げられて、ワンテンポ遅れて注文を出す。結局料理に関しては、自分より器用な今藤に任せることが多い。
「あと、炒飯もあるんだっけ?」
「……ああ。」
今藤に言われるまで、すっかり忘れていた。悶々と今藤の帰りを待っていた昨日の自分があまりに遠く過去のことに思える。この男がくれる時間は、いつだって濃厚だ。彼と共に過ごしているだけで、他の事が霞んでしまう。
「洗濯物、回しとく。」
再び顔が熱くなる気配を感じ、今藤の手から逃れて、仏頂面を装って洗濯機へ向かう。しかし洗剤を入れてボタンを押すだけだから、あっという間に逃げる口実はなくなった。
「何見てんだよ!」
「甲斐が恥ずかしがってんのは最高だな、って思って。」
「ッ……」
拳を向けるものの、難なくかわされて、今藤は殊勝な顔で笑いながら洗面所をあとにする。雅人は居た堪れなさに襲われて、もう一度顔に冷水を浴びせた。
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朝霧とおる