風変わりな課長だが、普段個人的に今藤のことを呼び出す人ではないので、昇進の話だろうと、雅人は見当を付けていた。研究開発部には異動がないので、それ以外に心当たりもない。
「俺なんか、全然だもんなぁ……」
営業成績は悪くないが、競う数が研究開発部の比ではないので、要職に就くのは至難のわざだ。
「ヒマだな。眠いし……」
億劫になる前にシャワーを浴び、作った炒飯をお腹に収める。先に食べていろと念押しのメッセージが入ったので、渋々従ったのだ。
ベッドに身体を横たえると、今藤の匂いより自分の匂いがする。連日通い詰めて彼のベッドで眠った上にシーツも一度洗ってしまったから、タオルケットから微かに残り香を感じるだけだ。
しかし部屋のそこかしこに今藤の気配は確かにあって、自宅で寛ぐのとはわけが違う。彼の存在感が吉と出ればよく眠れるし、凶と出れば寂しくなる。
テレビを観る気にもなれずに寝転がっていると、一週間分の疲れが睡魔を呼ぶ。
「絶対起こしてくんないし……」
なんだかんだ優しい彼は、疲れて眠る雅人を叩き起こすようなことはしない。しかしそれでは今夜会うことが叶わなくなる。
求めてくれる今藤をこの目に焼き付けて、安心して眠りたいのだ。
無駄な物を一切置かない恋人の部屋で暇を潰すのは、なかなか難儀だ。仕方なく携帯電話を取り出して、彼の送ってくれたメッセージを遡って眺め始める。
彼を意識してから今までに貰ったほとんどのメッセージを消せずにいる。そういうところに自分の執念深さが表れている。今藤がどうしているのかは知る由もないが、きっと彼のことだから読んだ端から消しているだろう。
「白く光ってた気がすんだけどなぁ……」
嫌がらせのように送られてきた、食べ物ばかりの写真たち。その中に一つだけ品よく鎮座する紫陽花を眺める。
電話越しに力説していた時は意味のない自信に満ちていたが、正直なところ酔っていて確信はない。鼻で笑われたことを思うと、酔った頭が見せた幻である可能性が濃厚だ。
しかし二人で出掛けるための口実になるなら何でも構わない。酒井に今藤との事を自慢できずに燻らせた気持ちを、部屋ではなく外で吐き出したかっただけなのだ。
「何で言っちゃったんだろう、俺……」
両親に受け入れてもらえると、どこかで期待していた。だからこそ雅人は傷付いたのだ。そして承認欲求が自分の中で眠っていたことに、今でも驚いている。
両親と拗れた日から、今藤とちゃんと話せていない。慈しむように慰められた先週の週末は必要な時間だったけれど、彼の本音を知りたかった。
勝手に話してしまった事について、今藤は咎めるでもなく、至って冷静に受け止めている気がする。感情的にならない今藤の事が不思議で、やはり頼りになる恋人だと感心するのだ。
「同い年なんだけどな……」
仕事でも精神年齢でも、置いてきぼりを食っている感は否めない。騒ぎの発端はいつだって雅人の方だ。少しくらい慌てたらどうなんだと、バカ、とだけ打って不貞腐れた勢いでメッセージを送りつける。
「バカ、バカ。今藤のバカ……うわッ!」
ブツブツと携帯電話に向かって文句を呟いていると、応えるように手の中で点灯して震え始める。慌てて画面に目を凝らすと、今藤の名があった。
「ッ……えっと、終わった?」
間抜けな雅人の応答に、電話口に吐き出された息が震えを伴って雅人の耳へ届く。思わず顔を熱くしたが、顔を見られずに済んで良かったと心底思う。
『今、駅出た。あと五分くらい。』
「お疲れ。」
『ちゃんと、いる?』
「いるよ。待ってるって言っただろ。」
『来なかった前科があるからな。』
「しつこい。」
『覚悟しろよ。』
落ち着いた低音が電話越しに脅してくる。しかし心に今藤の声が染み渡っていき、胸を締め付けられながらも、何より嬉しさが勝った。
「走ってこいよ。」
『無茶言うな。トランクあんだぞ?』
「俺の事、ほっといた罰。」
電話越しだと今藤の目に射抜かれずに済むから、少しだけ強気にも正直にもなれる。廊下から彼の足音が聞こえてくるまでが待ち遠しく、雅人は電話口で今藤を急かし続けた。
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朝霧とおる