期待で膨らんでいた心が、急速に萎んでいく。仕事だから仕方ないことだとわかっていても、空港から入った帰途を告げる連絡に浮き足立っていた分、ショックは大きい。ここまで他部署の課長を恨みがましく思ったのは初めてだ。
「ちょっと、が長い人だから、ホントに悪い。飯も先に食って。」
「……待ってる。」
「帰るの、何時になるかわかんないぞ?」
「待ってる。」
「……甲斐?」
約束をしておかないと、文句も言えない。本当に遅い帰宅だったら、今藤がうんざりするくらい拗ねて困らせればいい。これだけ待って、さらに待たされるのだから、このくらいの我儘を言ってみたかった。
甘えろと言ってくれたから、ガッカリしている気持ちを態度で表す。しかし自分からやっておいて、乱闘できそうなくらいには恥ずかしさが込み上げてくる。今藤に背を向けて立ち去ろうとすると、すかさず肩を掴まれた。
「おい、待て。逃げるな。」
たとえ小声でも、必死に呼び止めてくれることが嬉しい。けれど羞恥心が勝って、少し不貞腐れたように言い返す。
「先帰れ、って言ったのおまえじゃん。」
「ちゃんといろよ?」
「いるよ……」
先週末のように逃げようという気はさらさらない。心配してくれることを申し訳ないと思う気持ちより、喜びの方が勝った。
早く帰るための口実として二人の関係を明かすなんてもってのほかだから、二人でいる時間の優先順位は低くなってしまう。仕事が大事か、恋人が大事か、どこにでもいる恋人らしい理由で揉めていることが実は嬉しい。恋人が大事だからこそ、仕事を投げ捨てるわけにはいかないというのが、雅人なりの答えだ。
「残念なだけ。」
ようやく顔を上げて今藤を睨み付けると、ホッとしたように目を細めて今藤が微笑む。肩を掴んでいたはずの手は、いつの間にか手首へ移っており、その手をどちらからともなく離して、雅人は今藤の背を乱暴に押して見送る。
「とっとと行って、帰ってこいよ。」
「絶対、すぐ終わんない。飯無理そうなら連絡は入れるから。」
「炒飯作って待ってる。絶対食えよ。」
「勘弁しろよ……」
廊下にある人通りの少ない自販機前。仕事場では滅多に見せない今藤の困り顔に、雅人は満足する。炒飯なら冷めても簡単に温められるし、明日の昼食にしたって構わない。
自分が傷付かないで済むように、言い逃れするための道は用意しておくに越したことはない。想いが募る分、自衛は大事だ。
「あと、コレ。」
「何、この荷物?」
「出張土産。」
「誰に?」
「おまえがカニだイクラだ、って言ったんだろ?」
「ホントに買ってきたんだ……。」
「冷蔵庫、入れといて。」
「おう……」
ほんの戯言で、本気で買わせる気ではなかったのだ。だから呆気にとられて、言葉が出てこない。ありがとう、くらい言えばよかった。
人の足音が複数近付いてくる気配に、二人で黙り込み、同僚とは呼べない身体の距離を離す。名残惜しむ猶予すらなく、二人で手を挙げて背を向けた。
「密会って感じ……。」
悪くはない響きに気分は浮上して、歩く速度も増していく。営業部に置き去りにしていた鞄を素早く回収して、同僚たちへの挨拶もそこそこに、雅人は今藤の家を目指すべく本社をあとにした。
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朝霧とおる