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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

祝い酒8

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祝い酒8

世羅が床に臥せた丸一日、レイのことはルウイに託すこととなった。キィと共寝したことに気分を良くした彼は、フェイの心配をよそに張り切って手伝いに励んだらしい。フェイの前でルウイに褒められた時も、照れながら満更でもない顔をした。

小さな背中は祀り棚を見上げては、先ほどからキィと内緒話をしている。キィは根気よくレイの話に聞き入り、時折相槌を打つように優しく鳴いた。

「レイ、もう中へ入りましょうか。」

「もう少し・・・こちらにおります。」

「そうですか? では夕餉までには戻ってくるように。」

「はい。」

フェイは薬師たちと来る年の動向について話し合いの場を持つことになっていた。その間、キィがレイの相手をしてくれるなら助かる。この時、フェイはレイの様子を不審に思うことができず、ただ頷いて庭をあとにした。


 * * *


薬師たちが王宮内を忙しなく走り回る。消えてしまった祀り棚の酒壺、そして行方のわからなくなったレイとキィを、フェイは血相を変えて探し回った。

「フェイ、そちらは?」

「おりません。」

ルウイと数名は庭での捜索を申し出てくれたが、彼らの姿を見つけることは叶わなかったようだった。フェイもルウイたちに首を横へ振る。心当たりのあるなしに関わらず、フェイも王宮にある部屋を隈なく探したが、全くその姿はない。

キィの行方も依然わからないままだった。王宮に気配そのものを感じず、最後にその姿を見た際、レイとキィが内緒話に興じていたことを思い出す。

一体どこへ身を隠したのか。あるいは、もうすでに王宮を出ていたとしたら。

消えた酒壺は並べてあったものの中で一番小振りのものだった。レイがそれを抱えて王宮を出たとして、行く場所とはどこだろう。

「フェイ、王都へ行くなら捜索隊を出そうか。」

フェイは世羅の言葉に一度は頷きかけて、首を振ってその申し出を断った。

「王都へ出たとしたなら、心当たりがあります。」

「レイの生家か。」

「はい。」

死者に手向ける酒だという話をしたのはフェイだ。家族を亡くした場所へ供えに行けば届くかもしれない。レイがそう考えたとしても不思議ではない。そう思うと消えてしまった酒壺のことも、キィが加担したことも納得できる気がした。

キィは王宮から王都へ出るための抜け道は人より知っているだろう。門番に見つかることなく王宮を抜け出すのはお手の物だ。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。私の至らなさが招いたことです。」

「謝ることはない。無事に見つかればそれで良いではないか。大人を困らせるのが子どもの仕事だ。」

世羅がフェイの肩をそっと撫でて慰めてくれる。

「生家にもいないということになれば一大事ですが、とりあえず心当たりのある場所から参りましょう。」

ルウイに促されて、フェイは急いで王宮を出る。昼に纏っていたものだけでレイが外へ赴いたとしたら、今頃寒さに打ち震えているだろう。そう思って彼を温めてやれるような外套を片手に王都をひた走る。

王都の中央を真っすぐ走る大通りを進み、途中小道に入って、レイの生家を目指す。陽の落ちた王都は家々から漏れてくる明かりと、ルウイが手にしている松明だけが頼りだ。もし生家にもいなかったらと思うと、身体から血の気が引いていく。もっと彼の言動を気に掛けるべきだったと、今さら思っても遅い。

しかしその心配は辛うじて現実にはならず、小さな塊が焼け落ちた家の残骸に寄り添っているのが目に飛び込んできた。キィの姿も闇夜に紛れていたものの、ルウイの掲げた松明に虹色の羽を浮かび上がらせる。

「レイッ!!」

ルウイは立ち止まり、フェイはレイのそばへ駆け寄る。怯えるように顔を上げたレイを、フェイは腕の中へ閉じ込めた。レイの肩に乗っていたキィの羽も冷え切っている。こんな寂しい真っ暗闇にいたかと思うと、それだけで胸が締め付けられた。

「・・・フェイ様。」

「こんなに冷たくなって・・・。心配したのですよ。」

冷え切った小さな身体を厚手の外套で覆う。フェイはレイに小言をまくし立てることはせず、ただ腕の中で抱き締めて温もりを分ける。キィも寒かったらしく、甘えるように外套の中へ潜り込んできた。

フェイはレイを抱き締めながら酒壺の行方を捜す。焼け落ちた家に目をやると、焼け残った板を組んだのだろう。彼が誂たらしい簡易的な棚の上に、小さな酒壺がポツンと寂しげに置かれていた。

「フェイ様・・・ごめんなさい・・・。」

息を殺すような声。腕の中でレイの身体が小刻みに震え始める。レイがフェイの前で泣くのは、これが初めてだった。

次第に漏れ始めた嗚咽が闇をさらに寂しげなものにしていく。

「ッ・・・ッく・・・父上・・・ッ、母上・・・」

「レイ・・・。」

キィが珍しく落ち着かない様子で身体を摺り寄せ、レイを宥めようとする。そんなキィを小さな腕に抱いてレイは声を上げて泣き始めた。

気の済むまで泣かせよう。彼がどんなに泣いたところで死者に会わせてやることはできないけれど。大事なことは彼が今を受け入れ、納得することだ。

ルウイが松明の火を分けて、こちらに差し出してくる。

「フェイ。私は一度、伝えに戻ります。」

「ありがとう、ルウイ。」

幼子の悲しい叫びが闇夜に響く。いつの間にかその声が枯れ、細く弱いものになっていくと、レイの身体は腕の中で重くもたれかかってきた。泣き疲れて眠った彼は、また悪夢に苦しむことになるのだろうか。あるいは家族にさよならを伝えることができただろうか。

せめて夢だけは、レイを優しさで包むものであってほしい。そう願わずにはいられない。

力をなくした身体を背負って、フェイは夜道を歩く。王宮までの道は、いつもより遠く寂しいものに思えた。









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