盃を持って、注がれる風味豊かな液体に心躍らせる。世羅はフェイに礼を言って、彼と小さな弟子が作った酒に口をつけた。
喉を爽やかな香りが撫でていく。舌触りも滑らかだった。
「今年もいい出来だ。レイ、力作だな。」
「世羅様、本当に?」
「本当だ。旨い酒になっているよ。きっと皆喜ぶ。」
すっかり自分の皿を空にしていたレイは、真剣な眼差しで世羅が飲む様子を見つめている。褒められて破顔した彼は、居ても立ってもいられなくなったようで、椅子から降りて世羅の座るそばまでやってくる。
「レイ。まだ世羅様は召し上がっている最中です。自分のところへ戻りなさい。」
落ち着きなく世羅のそばでちょろちょろするレイを、フェイがやんわりと窘める。肩を落として戻ろうとしたレイを世羅は抱き上げて膝の上に乗せた。
「まぁ、良いではないか。今宵だけだ。レイ、明日からはフェイの言う通りにするのだぞ。」
「はい。」
恐る恐るフェイの様子を窺ったレイに、フェイは苦笑して見せる。世羅が良しと言うことにフェイが逆らうことはない。レイを庇いつつ、今宵限りと断りを入れたことでフェイを立てた。どうやら世羅の言い分は幼子の師匠に納得してもらえたようで、世羅も安堵の息をつく。レイは嬉しそうに世羅を見上げてきた。
「レイ、今宵は誰に添い寝をしてもらうのだ?」
「もう幼くありません。一人で眠れます。」
揶揄うように挑発した意地の悪い世羅に、レイが果敢に反撃してくる。強がる様が微笑ましくて、世羅はフェイと顔を見合わせて笑う。しかしそんな二人の様子に余計反発心が湧いたらしい。
「本当に一人で眠れます。」
念を押すように繰り返したレイに、世羅は内心言質を取れたと小躍りしたい気分だった。
「そうか。では今宵、そなたの師匠を譲り受けても良いかな?」
「・・・キィ様も?」
急に不安げな面持ちで尋ねてきたレイに、世羅は優しく否を伝えた。
「キィはそなたのそばにおるよ。ちゃんと約束をしておきなさい。賢いから、きっとそなたの願いを聞き届けてくれる。」
「はい。」
レイは世羅の言葉にすっかり安心したようで、早速キョロキョロとキィを探し始める。窓際にレイが走り寄ると、彼の行動を予測していたかのように、窓の向こう側からキィが舞い降りてきた。
キィに添い寝を頼むなど、自分なら真っ平御免だが、レイにとっては面倒見のいい鳥なんだろう。すっかり懐いている様子に有難さでいっぱいだ。
「フェイ、春からどんな旅を?」
旅を共にすることが叶わないなら、せめてその動向だけでも知っておきたいというのが本心だ。
「春から夏はソウ様を頼りに西を目指そうと思っております。」
「そうか。ムギ畑が綺麗だろうな。」
「はい。」
窓際から忙しなくバタバタと音を立ててレイが走り寄ってくる。
「フェイ様、世羅様、おやすみなさい。」
キィを肩に伴って、レイがちょこんと頭を下げる。頼もしい保護者に見守られて嬉しそうなレイをよそに、キィは澄まし顔で去っていく。重厚な扉が閉まった後も、レイの高い声がしばらく廊下中にこだましていた。次第に遠くなって聞こえなくなるまで、フェイと二人、静かにレイの気配を見送る。
「世羅様。ありがとうございます。」
「礼を言われるようなことはしていないよ。」
「いいえ。」
フェイは静かに首を振り、微笑んでくる。その柔らかな笑みを腕の中に抱き締めたい衝動に駆られたものの、世羅は盃を口につけることで誤魔化した。
「途方に暮れておりました。心を閉ざしたままのレイに、どう接して良いものかと。」
世羅はフェイの心中を察し、黙って彼に頷く。
「私はレイと出会って・・・少し傲慢だったのではないかと気付かされました。」
「そんなことはない。そなたは行き過ぎるほどに謙虚だ。」
もっと図々しくなってほしい。求めてほしいと何度も思うくらいに焦らされている。フェイの言い分に納得がいかず、世羅はつい首を傾げる。
「世羅様に悲しい思いをさせたのだと・・・。」
「・・・え?」
「世羅様のためにこの身を投げても、お喜びくださることはないのだと。私は今まで本当の意味で気付くことができませんでした。」
大切な人を不本意なかたちで失うことを経験したレイ。そのレイを見て、フェイも思うところがあったのかもしれない。なかなか根本的なところで我の強いフェイが歩み寄ってきたことを世羅は意外に思う。そしてレイの存在が、フェイを変えるだけの影響力を持っていることに、逞しさを感じた。
「私は・・・世羅様が愛してくださった私自身を・・・自ら捨てようとしました。」
「・・・そうだ。でも、そなたが私の立場を慮って、守ろうとしてくれたことはわかっている。決して責められるようなことではない。」
レイは世羅とフェイの距離を縮めてくれるだろうか。彼の存在がどのように作用するかはわからなかったが、相容れないと諦めていた関係が変わろうとしていることを世羅は強く感じる。
「フェイ。ただこの世界で共にいたい。」
「はい。」
「きっと次の冬も、帰ってきて欲しい。」
心からの願い。これ以上に望むことはないと言っても過言ではない。
「・・・お約束いたします。」
フェイが今まで、決して口にすることはなかった約束。世羅は目を見開いてフェイを見つめる。力強いその意志をフェイの口から聞けたことに大きな意味がある。
世羅は手の上で無意味に転がしていた盃を置いて立ち上がる。
この熱い想いが届くことを願いながら、世羅はフェイに跪き、彼の手に唇を寄せた。
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10日間、お付き合いいただきまして、ありがとうございました!!
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朝霧とおる
1. メリー・クリスマス
フェイの弟子・・・、とても気になる存在で、
私が想像していたのは、14,5歳の美少年系かと・・・。
ところが!!!!!
とおる様。。。ご無体なぁ・・・。
5歳って・・・、
5歳って!
想像すらしていませんでした!
5歳相手に嫉妬する世羅♪♪♪
ついね、にまにまと・・・・(笑)
3人と1羽、いい感じですね。
結弦の恋人のおちには、つい笑ってしまいました。
とおる様が書きたくなる気持ち、わかります。
どんだけ涼介は、振り回されてるのか・・・(笑)
クリスマスに素敵なお話しをありがとうございます。
Re:メリー・クリスマス
この連休はいかがお過ごしですか?
癒しの時間とおっしゃっていただけて、嬉し恥ずかしです!
フェイの弟子に関しては、最初から幼い子、と決めておりました。
良い意味で期待を裏切れていたら嬉しいのですが・・・(笑)
この先、3人と1羽がどんな化学反応を起こすかは未知ですが、楽しんでいただける旅模様と世羅の葛藤を書いていけたらなぁ、と思っています。
結弦と涼介は相変わらずの二人でお送りいたしましたが、また少し充電期間を経まして、第二章に進みたいと思います。
年末年始、お忙しい日が続くかと思いますが、体調にはお気を付けてお過ごしください。
いつも、ありがとうございます!