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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

碧眼の鳥46

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碧眼の鳥46

記憶のない自分を哀れむ声はいくつかあったが、王宮へ来てからは、そんな声が耳に入ることも少なくなった。

ライという薬師の長は気にとめる様子もなく淡々としてる老人だったし、宮仕えの者たちはフェイにそもそも話し掛けてくることがない。もっぱら窺うような仕草を見せるのは、シンビ国の天帝だという世羅だけだ。

きっと自分にとっては大切な人たちであるはず。記憶が戻らないことが歯痒くて、落ち込むたびにキィが慰めてくれた。

相棒のことさえ忘れていたら、拠り所もなく不安な日々だっただろうが、辛うじてそれが回避されただけでも良しとしなければならないだろう。

「キィ、少しお散歩しましょうか。」

王宮の中は退屈しなかった。煌びやかな物に囲まれて、見飽きることがない。

そういえば、いつだったか、こんな風にキィと散歩をした。王宮の中ではない。王都だ、と思い出し、妙な喪失感が湧いてくる。何のために歩いたのか。大切な誰かを失う予感と隣り合わせで、夜の闇をキィと歩いた気がする。

大切な誰かとは世羅だろうか。胸の内に問うてみても、何故だかしっくりこない。

考え込みながら、いつの間にか王宮の庭へ出ていた。霞がかった記憶とは違い、晴れ渡った空の下、満開のコンペキが咲き誇っていた。

この花は陽が昇った直後だけ鮮やかな青緑の花を咲かせるが、時間が経つにつれ、紺色へと変色していく。

自分は遠い昔、この花を誰かに贈った。透き通った朝のコンペキと同じ瞳をした、儚い皇子に。

「理世様・・・」

失っていた記憶の欠片が走馬灯のように駆けていく。確かにあの時は理世の化身だと思って彼に差し出した。しかし押し花にしたら世羅の瞳に似て落ち着いた青へと変わったので、不思議な気持ちで自分はあのコンペキの花を眺めたのだ。

理世はあの時、何と言っていたっけ。確か、フェイの衣に似て綺麗な青だと喜んでいた。

フェイにとっては二人の皇子を象徴する花だったが、理世にとってはフェイを思わせる花だった。

あの押し花を理世はどうしただろう。途端にその行方が気になって、居ても立っても居られなくなった。

走り出そうとして、キィが肩に乗ったまま頬擦りをしてくる。いつの間にか涙をこぼしていたらしい。キィはまたフェイの元気がなくなったのだと思って、慰めようとしたのだろう。

「キィ、悲しいのではありませんよ。ようやく答えを見つけることができて、嬉しいのです。」

ここを出る前、世羅が突き付けてきた想いも同時によみがえってきて、フェイの頬が自然と染まってくる。

世羅の気持ちを受け入れながら違和感があったのは、自分の気持ちに区切りを付けられていなかったからだと気付く。

理世に別れを告げたつもりで、ずっと引きずっていた。理世に心を残したまま、世羅の気持ちを受け止めようとしたから、どこか気持ちが噛み合わずに、世羅の愛に圧倒されてばかりいたのだ。

兄のように慕っていた人は、強く、儚く、そして最後は音も立てずに消えていった。大きな存在を失い、その事実を認めたくないために、死顔を拝むこともできなかった。きっと理世のことだ、清々しい顔をしていたに違いないのに。

ただ呆然と天に昇る煙を見つめて、自分は本当の別れを告げることができていなかったのだろう。

「キィ、大切な人がたくさんいるというのは、贅沢なことですね。」

フェイが笑いながらキィのことを抱擁すると、相棒も嬉しそうにコロコロと鳴く。

頬に溢れていた涙を衣の裾でしっかり拭って、走り出す。途中、宮仕えの者たちが駆けていくフェイを不思議そうな顔で見送ったが、そんなことも全く気にならなかった。

フェイが一目散に目指したのは世羅の執務室だった。あの押し花の行方を聞こうと思ったのだ。

戸を叩くこともせず飛び込んだ先には、驚いた顔の世羅と宰相のシュウがいた。

「どうしたのだ、フェイ。」

そうだ、彼は仕事中だったと今更なことに気付いて恐縮していると、世羅が豪奢な机から離れて立ち上がる。

「席を外しましょうか。」

「あ、いえ、すみません。出直します。」

「シュウ、下がってくれ。」

「承知いたしました。明日、改めます。」

「フェイ、来なさい。どうした、そんなに慌てて。」

宰相のシュウは話を中断されて不快に思ったのではないかと不安になったが、彼は穏やかな顔で微笑みながら去っていくだけだった。

「あの・・・」

走ってきたせいでフェイは息が上がっていた。そんな大慌てで来たことすら恥ずかしくなってきて、肩で息をしながら萎れていると、世羅が横に並んで肩を抱き、手を引いて長椅子に座るよう促してきた。

「走ってきたのか?」

珍しいものを見るように、世羅が目を細めて笑みを浮かべている。

「世羅様」

「どうした?」

「思い出したのです。」

「記憶が戻ったのか?」

「はい。」

「すべて?」

「おそらく。」

驚いたように見開かれた世羅の瞳は、すぐに歓喜の表情に変わった。愛を隠さない、真っ直ぐ射抜いてくる眼差しを、今の自分は迷うことなく受け止められる。そのことがただ嬉しい。

世羅が強く抱き締めてきた瞬間、同時に彼から呻き声が上がる。

「ッ・・・つッ・・・」

「あッ! キィ、ダメでしょう!?」

フェイに抱き付いた世羅をなんとか追い払おうと、キィが羽根をバタつかせて、くちばしで世羅の頭を攻撃しはじめる。

「キィ、わかった! 盗ったりせぬから!!」

慌てて身体を離した世羅の様子についつい笑みをこぼすと、世羅は忌々しげにキィを睨んで、盛大に溜息をついた。















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