窓を開けると晴れた空のキャンバスにところどころ白い柔らかなタッチで雲が鎮座していた。甲高い鳥の鳴き声と共に肌を撫でていったぬくもりのある風に春を感じる。
草木が芽吹きはじめるこの季節は、人々の生活に活気を取り戻し、世羅(せら)の心も華やかなものにする。
「近付いてきたな。」
微かに耳へ届いていただけの鳥の鳴き声が、皮膚をざわつかせるほどの大きさに変わってくると、雲の合間を優雅に舞って飛行してくる存在が視界に入ってきた。
なんと堂々たるその姿。色とりどりの羽根をまとい、この広大な国土を舞うにふさわしい風格が、この鳥を国の宝、国鳥たらしめた。
世羅に向かって飛行を続けるこの鳥には、ちゃんと名がある。名を付けたのは世羅の友であり、旅を続ける薬師だ。
「キィ。意地悪をしないで早くおまえの主からの文を読ませておくれ。」
年にたった一度。春にこの王宮へとやってくる友は、その前触れとして文を寄越してくれる。今の世羅にはキィの優雅さが、友の来訪をもったいぶっているように思えてならない。
早くこちらへ文を。春の訪れと共に待ち望んでいた瞬間が近付いてくるかと思うと、急いてしまう心を止められない。
友に会える純粋な喜びが恋心と変わったのはいつだったか。決して叶わない想いだと絶望しても、それでもこの春が待ち遠しいことには変わりない。
清らかな想いで迎えられる最後の年。今年は世羅にとって特別な年だった。妻を娶るのだ。
いつまでも友を想っていたかった。叶わなくとも、伝えることなどなくても、ただ想っていることができたなら。年に一度、友の語りに耳を傾け、また旅立っていく後ろ姿をいつまでも見つめて待ち続ける。そんな日々も今思えば幸せな時間だった。
「キィ、こちらへおいで。」
大きな翼で舞っていたキィが、開け放った出窓へ静かに降り立つ。足にくくりつけられた文を世羅が外すと、誇らしげに胸を張る。用意していたムギを差し出すと、夢中になって啄みはじめた。
出窓にキィを残し、質の良い材で誂えた王族のみが座ることを許される椅子へ腰を下ろす。
手の中にある文は木の皮を拝借して紙代わりにしたものだった。まだ湿って柔らかいことを考えると、友が近くからこの文を寄越したのだとわかる。
『今朝、東門カラ入ル。明後日、参ル。』
なんと簡素な文だろう。けれどこの文を毎年世羅は楽しみにしているのだ。
今朝門が開いた後、王都へ入り、身支度を整え、明後日王宮を訪ねてきてくれるのだろう。王宮へ入れるのは限られた一部の民だけ。薬師である友もその一人だが、入城する手続きと作法は雑多だ。
木の香りを嗅いで、頬ずりをする。人が見たら気味が悪いと思うかもしれない。
再び簡素な文に目を落として、指で友の字をなぞる。
友の字が好きだ。クセのある字が偽りなく友のものだと物語っているから。
初めてこの王宮の広間で出会った時、友はまだ字も書けぬ幼子だった。しかし翌年の来訪時にはこうやってキィに文を運ばせ、ここへやって来るようになった。
十八枚目の文。いったいあとこれが何枚積み重なったら、想いが薄れるのか。求める気持ちが強くなる一方で、消えゆく想いだと考えることは今はまだ無理そうだった。
「世羅様。理世様がお呼びです。」
「兄上が?」
生まれながらに身体が虚弱で病床に臥せる兄は、もう長くない。そのためにこの国を託される世羅は、春の生誕祭の後、妻を娶る。
「参ろう。」
友からの文を大切に仕舞い込んで部屋を出る。
世羅を見送るのが名残惜しいように、背後でキィが甲高く鳴いた。
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いったいどうなることやら、私もドキドキですが(笑)、
少しでも楽しんでいただけたら!
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朝霧とおる