どうにか自然に誘えないものかと春哉なりに苦慮して、一緒に勉強をするという無難な答えを見つける。しかし当たり障りないと思っていたのも束の間、すぐそばに気配を感じるというのは異常に緊張して、さっきから一行も内容が頭へ入ってこない。
「……。」
「春哉さん、つまずいてます?」
覗き込まれた顔が想像以上に近くて赤面する。至近距離で直樹の瞳を見つめると、困った顔をした自分が映り込んでいた。意識しないで近付くことのできた自分を思い出す事が困難なくらいだ。
「コ、ココ、わかんなくて……。」
不審に思われたくなくて、問題集の上部にあった問題をシャープペンの先で指す。しかし勉強を始めてから三十分以上も経つというのに、全く進んでいないことを自ら申告したようなもので、春哉は心の中で頭を抱える。慣れていない嘘で誤魔化そうとしても、自分には経験値が足りなかったようだ。
「テスト前にやった問題の応用ですよ。春哉さん、前は解けてましたから、こう書けば……わかります?」
「う、うん……。」
「春哉さん?」
かすれた声で頷いた春哉に、直樹が怪訝そうに様子を窺ってくる。
頑張っても、どう堪えても、自分でもわかるくらい挙動不審になってしまう。一方の直樹がせっかく変わらない態度で接してくれるのに、これでは自分から墓穴を掘り続けるようなものだ。
「もしかして、まだ具合悪いですか?」
「そんな事ない! 大丈夫!!」
「ホントに?」
「うん、ホント!」
「ムリしないでくださいね。」
やはり直樹から見てもおかしいと気付くくらいには、春哉の不自然さは際立っているのだろう。直樹の顔が戸惑ったような面持ちのまま戻らないので、春哉は内心焦る。春哉の言葉を見定めるような視線からも逃れる術もない。
「ねぇ、春哉さん。」
「ッ……うん?」
「春哉さんは……誰にでも抱きついたり、キスしたりするの?」
「ッ!!」
「気に入ってる人だけ?」
どんな意図で直樹が聞いてきたのか、深く考える余裕すらないまま、混乱してパクパクと水面に口を出す鯉のように開閉する。
何回か抱きついたけど、キスまでしていたっけ。そうだ手とか頬くらいにはしたかもしれない。けれど自分でも特別考えがあってしていたわけではない。今では好きだからこその行為だったと気付いたわけだが、改めて直視させられると恥ずかしさで頭が沸きそうになる。
突然、上手い言い訳なんて思いつかない。直樹が好きだというシンプルな事実だけが、頭の中を駆け巡る。
「俺、今まで友だちらしい友だちもいなかったし、春哉さんのすることが普通なのか、特別なのか、わからなくて。」
「ッ……。」
正直に言っていいものか迷う。心の準備が全くできていなかったから、頭の中は混乱の極みだった。
「ま、待って、ナオ……。」
「その……俺はどっちでもいいんです。」
「え……?」
「ただ、春哉さんが急に態度を変えたのは何でだろう、って理由を知りたくて。今日はちっとも俺を見ないから。」
ポツリと直樹からこぼされた言葉が春哉の頭にこびりつく。どっちでもいい、とはどういう事だろう。直樹にとって春哉の気持ちはさほど意味のないものだと言われているような気がした。混乱していた頭が急速に冷めていく。
「春哉さんにとって何か特別な意味があったからなのか、俺が何か春哉さんの気に障ることをしちゃったからなのか。教えてもらえたらいいな、って。」
泣く一歩手前まで落ちた気持ちが再び浮上したのは、直樹の考えていたことが、春哉が想像していた事とは違ったからだ。自分のことばかりで気が回っていなかったけれど、直樹は自身の不注意で春哉が態度を変えた心配をしていたのだ。
「ナオは何も悪くないよ。俺が……。」
固唾を呑んで言葉を待たれ、促されるままに言おうとして、春哉は直前で我に返る。
本心を打ち明けたところで直樹が受け入れてくれる保障はどこにもないという事に気付いてしまった。
「ナオ……。」
好きな気持ちを打ち明けるって、もっと楽しいものだと思っていた。軽やかで幸せな浮遊感に包まれるものだと。
けれど実際は、息が詰まりそうで苦しい。好きな人の顔を見て想いの丈をぶつけることは、とてつもなく怖い。竜崎や柳の雷が落ちた時の方がよほどマシだと思えるくらいには足が竦んで、泣きたくなる。
「ホントは、こうやって問いただすの、凄い苦手です。嫌われるのが怖くて、今までだったら、多分、知らんぷりしてた。」
「ナオ?」
「でも変わりたくてここへ来て、春哉さんに会って変われそうな気がして。春哉さんといるのは楽しくて、ドキドキする。俺といるのイヤなのかな、って思い始めたら心配になって。これから一年、部屋は一緒だし。だから……さっきからずっと、何で泣きそうな顔してるのか知りたいです。」
我慢したり、回りくどい事をしたり、策を練るなんてことはやはり自分には向かない。だっていくら無い知恵を絞っても、この状況を好きだと言わずに切り抜けられる方法なんて思い付かないのだ。
「ナオ、笑わないでね。」
「え?」
「あと、困ったり、黙ったりするのも禁止だから!」
「は、はい。」
拳を握り、意気込んでみるけど、どうしても怖い。優しく注がれる直樹の目が曇るかもしれない。そう思うだけで胸が締め付けられて、今すぐにここから逃げ出したくなる。
「ナオ、すき……凄く、好き……。」
「春哉さん?」
「嫌わないで、ナオ。」
直樹の顔を見ることはできなかった。けれど、ちゃんと伝わるように、誤魔化されたりしないように、直樹の手を掴んで言い切った。
「俺も春哉さんのこと、大事です。」
「大事って、どういうこと?」
曖昧な直樹の言葉に戸惑う。イエスかノーか、自分はそれ以外の答えを想像していなかったからだ。
「春哉さんの好き、って、その……恋人になりたいっていう意味の好きですよね?」
「うん……。」
「まだ同じかわからないけど……春哉さんの事、いっぱい知りたいって思う気持ちは嘘じゃなくて……。」
ちょっと照れたように笑う直樹の顔に、胸の鼓動が大きく早くなる。
「同じ好きがいいな。」
涙がこぼれなかったのは幸いだ。自分の方が年上だから、泣き虫だとは思われたくない。それにどうせ気を引くなら、自分の良いところでアピールしたいから。
「ナオ」
「何ですか?」
「保健室、一人で寂しかったから、今日は一緒に寝て?」
拒絶されたら悲しいが、ぶつかって砕けろぐらいの精神が自分には合っている。先を見越して細かい計算なんて、やはりできなそうにない。竜崎や柳に指摘された通り、苦手分野を気合いだけで乗り切るのは無理があった。
何を思ったかまではわからなかったけれど、直樹が笑ってくれたので嬉しくなる。就寝時刻まで勉強を頑張ることができたらという条件を出されたが、春哉は喜々として問題集に向かい始めた。
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朝霧とおる