どこまで真に受けたらいいのかわからない。春哉の口から飛び出る言葉は、直球でありながら難解だ。あんな情感込めて好きだと言われたら、少し勘違いをしてしまいそうになる。本気にしかけて平常心を保てなくなっている自分にも戸惑っていた。
男そのものなのだが、つい本気で受け止めたくなる妙な色がある。急激に縮めてくる距離に違和感をおぼえる暇がないほどなのだ。
「失礼します。」
昼休みは食堂へ行ったり、次の授業の準備をしたりで、案外余暇がなかった。保健室へ寄るだけの時間がなかったから、また来ると言ったきり、結局放課後になっていたのだ。
形だけのノックをしてドアを開けると、川口がコーヒーメーカーの前で黒い液体をカップに注いでいるところだった。ちょうどブレイクタイムだったらしい。
「小塚か?」
「はい。」
「ナオッ!!」
閉められたカーテンの向こう側で、布団を退けて飛び起きる気配がする。
「昼休みの後、イジけて煩かったんだよ。」
「先生! 余計な事、言わないで!!」
「余計な事じゃなくて、事実だろ。」
「むぅー……。」
朝より覇気がある。休んで回復してきたのかもしれない。やっぱり彼は元気でいてくれなければと、心のどこかで思う自分がいる。川口はキャンキャン煩いと眉を顰めたが、直樹は安堵の気持ちが強かった。顔を見たくてカーテンの隙間から中へ入ると、衝撃と共に身体が揺らぐ。
「ッ!?」
「ナオ!!」
咄嗟に受け止めた塊は春哉で、寝癖のついた柔らかい髪を直樹の胸に押し付けてくる。至近距離で春哉が顔を上げ、ジッと見つめてきたので、直樹は酷く動揺した。
「は、春哉さん……。」
「もう良くなったから、夜は帰るね!」
「帰って良いとは言ってないぞ。」
「うッ……。」
笑顔が瞬時に渋い顔に変わり、反論はせずとも拗ねて抱き付いてくる。心臓がいつもより早鳴っていたから、額を擦り付けてくる春哉にバレてしまわないかと、気が気ではなくなる。
「こっそり帰るから、部屋の鍵、開けといて。」
「……え?」
こそこそと小声で耳打ちしてきた春哉に、そんな事をして怒られないかと心配で見つめ返す。にんまり微笑んでくる顔は悪戯っ子そのものだ。
「小塚、聞こえてるぞ。」
思いのほかカーテンの近くから川口の声が降ってくる。二人でビクッと肩を震わせて、恐る恐る振り返ると、カーテンにはくっきりと川口らしき人影が映っていた。
「先生の鬼畜!!」
「やるべき仕事をしてるだけだ。」
「もう治った!」
「風邪が蔓延したら困るだろ。」
「戻りたい……。」
急に腕の中で脱力して、春哉が落ち込み始める。心配になって顔を覗き込むと、瞳に涙がぷくりと浮かび上がっていたので、直樹はギョッとした。
「は、春哉さん?」
こんな事と言ったら全力で抗議されそうだが、泣くほどの事かというと首を傾げてしまう。
萎れた春哉の肩を支えてベッドに座らせると、俯いたまま抱き付いてくる。ほとんど反射的に直樹が抱き締め返すと、腕の中で春哉が息をついたと同時に小さく笑ったような気がした。
「春哉さん?」
気の所為かと顔を覗き込むと、隠し切れないとばかりに笑みをこぼしている。
「あの……。」
泣きそうだったり、嬉しそうだったり。春哉の見せる顔が忙しなくて、直樹の頭は混乱する。
「ナオ、難しい顔すると、皺になっちゃうよ。」
春哉が人差し指を伸ばし、直樹の眉間をぐりぐりと押して皮膚の溝を宥めていく。彼の目尻はすっかり下がって、朗らかな笑みでいっぱいになっている。
「小塚、そんなひっついてると、風邪移すぞ。」
「はぁーい。」
間延びした返事をしながらも、その声音はすっかり機嫌が良さそうだ。満足そうですらある。川口の差し出してきた体温計も素直に受け取っていたので、不思議に思いながら見つめた。
直樹はますます首を傾げながら、壁時計の針に視線を投げる。部活のために引き上げようと春哉に暫しの別れを告げ、ご機嫌な彼に手を振られながら保健室をあとにした。
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朝霧とおる