掌にこそばゆい感覚をおぼえて咄嗟に掴むと、手の中に握り締めたものがビクッと震える。人肌だと確信して目を開くと、直樹が驚いた顔をして春哉のことを眺めていた。
「ナオ……。」
寝入る前に見た最後の顔が直樹でなかったことに酷くガッカリした。だから目覚めてすぐ目に飛び込んできたのが直樹だったので嬉しくなる。きっと自分は不気味なくらい満面の笑みを浮かべている。
「ナオ、大好き。」
まだ少し頭が重い。焦点も定まっていなかった。しかしそんな事がまるで気にならないくらい、胸をいっぱいにして直樹の手を引く。寂しいと訴えていた心の叫びが直樹に届いたようで、体調が良ければ歓喜の声でも上げていただろう。
「ナオ、もうご飯食べた?」
「いえ、これからです。」
少し早起きをして、ここへ寄ってくれたに違いない。何よりもここへ来ることを優先してくれたらしい。春哉の優越感を満たすには十分だった。飛び跳ねたいくらいの気持ちで、引き寄せた直樹の手に頬擦りをする。
「小塚、絵面が危ないぞ。」
「ん?」
「芝山が困ってるだろうが。」
甘えさせてくれる直樹との時間を堪能していたのに、間切りのカーテンを開け放って、川口が顔を出す。戸惑って引き抜こうと試みる直樹の手を必死に掴んだまま、春哉はあからさまに渋い顔を作った。
「おはようございます……。」
律儀に挨拶をする直樹には倣わず、春哉は面白くない気持ちを隠しもせずに顔を逸らす。
「検温するぞ。」
「ヤダ。」
「測れ。」
「だって熱あったら帰してくれないじゃん!」
「当り前だ。芝山に移したいのか?」
「それもヤダぁー……。」
いつも通り抵抗を試みながら、急に直樹の視線を感じて動きを止める。こんな小さな子どもみたいに我儘放題な現場を目撃されたいわけじゃない。嫌われたくないし、カッコ悪いところを見せて幻滅されるのも耐えられない。そう思う一方で、相変わらず成長できていない自分に肩を落としてガッカリする。急速に川口と闘う気力が失せて、春哉はしおしおと首を垂れた。
「測るー……。」
怪訝そうな川口の手から体温計を奪い取って、大人しく脇の下に挟んで検温を始める。
「あの、もうそろそろ……。」
様子を窺っていた直樹が、壁に掛かっている時計にちらりと視線を送って、恐る恐るといった具合に口を開く。
「また、来ます。」
落胆の気持ちを隠せず、直樹に気を遣わせてしまったかもしれない。しかし直樹の言葉で次があることを知りホッとする。きつく握り締めていた直樹の手を惜しみながら離して、困ったように笑って去っていく直樹の背中を視線だけで追い掛ける。保健室のドアが閉まった瞬間に、春哉は苦悩か安堵かわからない溜息をついた。
「先生。ナオ、困った顔してたよね?」
「そう見えたけどな。」
「ナオの事、好きなのに……嫌われたら、どうしよう。」
「会って、一週間も経ってないだろ?」
「恋は理屈じゃないのー。」
「はいはい。」
自分で言いながら、気持ちの正体に納得する。この気持ちが恋だとするなら、触れてみたい衝動や、構わずにはいられず、胸がいっぱいになるこの現象にも説明がつく。胸に巣食っていたモヤモヤがいっきに晴れた気がして、居ても立ってもいられなくなる。脇で鳴った体温計の数値を確認もせずに、威勢よく川口へ突き出した。
「ナオに告白する!」
「小塚、芝山と同室なんだろ?」
「うん。」
「フラれたら、顔会わせるの、辛いんじゃないか?」
「フラれるかな?」
「さっきまでの心配はどこ行ったんだよ。」
呆れ顔の川口が、三十七度かと呟く。
「今日は欠席だな。」
「そっかぁ……。」
せっかく勉強を頑張るつもりだったのに、初っ端から挫かれる形となり、少々無念だ。
「もう一日、ココな。」
「え?」
「当り前だろ。」
「えぇー!!」
渾身の力で抗議の声を上げ、襲い掛かってきた眩暈に倒れ込む。
「とにかく寝ろ。熱あるんだぞ?」
「うぅー……。」
川口の背中に小声で文句を繰り出しながら、怠さに春哉の身体は悲鳴を上げる。
「早く帰りたいんなら、しっかり休め。」
「……。」
至極真っ当な言い分に、春哉は黙り込む。熱のある頭の中では、フラれるかもしれないという言葉が急に駆け回り始めて、春哉は暫し悶々とした気持ちで布団の中に身を潜めた。
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朝霧とおる