強い風がピンクの花びらを吹き上げていく。寮の自室から桜吹雪を眺めていると、いくつかの花びらが身体に着地して、再び気流に攫われていくことを繰り返している。小塚春哉は新しく温かな風を送り込むこの季節に、期待で胸を膨らませていた。
泉ノ森高等学園にも春が来た。四方を山に囲まれ、俗世から切り離されたようなこの学園に、若い葉の芽が一斉に吹き出す。新入生の姿が門のある方角からこちらへ向かってくるたびに、春哉は同室になる後輩の顔を思い浮かべては溜息をついた。
「早く来ないかなぁ……。」
かれこれ一時間ほど同じことを繰り返していたから、窓枠についていた腕が痛くなってしまった。頬杖を付いていた腕には、くっきりと直線の赤い痕が数本浮かんでいる。
「痛ッ……」
凹んだ痕を眺めて擦りながら、寮長から渡された写真を胸ポケットから取り出す。そしてここ数日、幾度となく脳裏に焼き付けた顔を春哉は再びじっくり見つめた。
少年という言葉がしっくりくる、あどけなさの残る顔。色素の薄い自分とは違う漆黒の髪と艶やかさが印象的だ。
「掃除、得意だといいなぁ。」
自分は苦手だから、一日気ままに過ごすだけで狭い部屋は散らかってしまう。昨年度同室だった先輩の竜崎には、その所為で何度も怒られた。昨夜も世話焼きな竜崎に怒られながら、新たな同居人を迎えるために珍しく掃除に勤しんだばかりだ。
面倒を見てくれた竜崎は春哉を置いて一人部屋。こればかりは三年生の特権だから仕方がない。そして今日から春哉は後輩の面倒を見る立場になる。しかし意気込んだところで急に自分というものが変わるはずもなく、甘えたい性分は依然春哉の中で大きな割合を占めていた。
「春って眠いなぁー……。」
隠しもせず大欠伸をして、窓の外に視線を戻す。通り過ぎていく新入生の数が一気に増していた。春哉は忙しなく目を動かしてターゲットを探すものの、彼らしい人物は見当たらない。しかし諦めかけた瞬間、視界の端で誰かが足を止めた。
「あッ!!」
寮を見上げ一人立ち止まった少年に、春哉は釘付けになる。目が合ったので思わず微笑んで手を振ると、彼はキョロキョロと周囲を見渡して戸惑ったように見つめ返してきた。
写真で見るより凛々しくて、想像に反して背が高いように見える。写真なんて、あてにならない。入学試験の願書に使われた写真だから、撮られたのは半年近く前だろう。成長著しい自分たちにとって、半年という歳月は長い。あっという間に変わってしまう。
「早く、おいでよッ!!」
いつまでも突っ立ったまま寮の入口へ向かう気配のない彼に、春哉は窓から身を乗り出して催促する。春哉に促された彼は戸惑った顔で小さく頷き返し、ようやく歩き出した。居ても立ってもいられなくなった春哉は、自室から飛び出し走って階段を降りた。
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朝霧とおる