冬だというのに元気に腕の大部分を晒しているのは光だ。体育館でバスケットボールを追い掛けて、彼は休む間もなくコートの中を駆けていく。
隆一がそんな彼の汗や剥き出しの肌に劣情を抱いているなどと、授業に熱心なクラスメイトたちは想像すらしていないに違いない。心苦しいとは露ほどにも思っておらず、コートの脇で立ち見をしながら隆一は飽きることなく光を目で追っていた。
光はここでも注目の的だ。彼の俊敏な動きに合わせて皆の目が彼の姿を追っていく。だから隆一が光だけを眺めていたとしても、誰も不審に思うことはない。
「ッ!」
カットされたボールがコートの外で大きく弾む。隆一が反射的にキャッチしたボールを、光が息を切らしながら走り寄ってくる。隆一の肩を叩いた光の手はそのまま隆一の手からボールを器用に奪っていった。
「ナイスキャッチ」
「ッ……。」
運動をしている時の光は大胆だ。教室で距離感を窺ってくる彼とは違う。視線は鋭く、闘志が剥き出しになる長身の身体は隆一の目を奪う。
滴る汗が彼の動きに合わせて散って、隆一の腕に一粒汗を残していく。普通、他人の汗なんて気持ちのいいものではないはずだけど、隆一は光の散らせた汗を食い入るように見つめて舐め取りたい衝動と闘っていた。
好きっていう気持ちは、清濁が入り混じった複雑な味。純粋であり、醜くもあり、時に食らい尽くしたくなる。甘い砂糖菓子のような気持ちが湧いたかと思えば、捻り潰したいほどの憎悪を生むこともある。光の背を見つめているだけでそれだけの感情が湧いてくるのだから、この恋は本物だろう。
「しょっぱい……。」
再びコートの中で動き始めた光に多くの視線が集まる。それをいいことに、隆一は人差し指ですくい取った光の汗を舌へ運んだ。
好意を抱いてくれているらしい光でも、さすがに今の光景を目の当たりにしたら気持ち悪いと思うのではなかろうか。自嘲気味に光の胸の内を想像してみるけれど、真っすぐな彼から嫌悪の言葉が吐き出されるのはどうしても想像できない。
光は潔く、おせっかいで、初心だ。特にクラスメイトたちの猥談のたぐいには絶対加わらないし、無理矢理話を聞かせようものなら遠慮なく顔を顰める。そんな彼にこんな劣情の一端を見せたなら、いったいどんな反応をするだろうかと大いに興味はある。
「次は柳。」
「はい。」
先生からの呼び掛けに静かに頷きながら、隆一は心の中で不穏なことを考えていた。カットに入るついでに光の懐へと飛び込むくらいのことをしてみようか。どんな反応をするかと考えるだけでワクワクしてしまい、性悪な芽を出す。隆一自身の優越感を満たすためだけの罠に光が嵌ってくれるかどうか。光の流れるようなフットワークに魅入られながら、隆一もコートへ入るために手足を軽く解していく。
「柳、交代。入って。」
「はい。」
頭のスイッチを切り替えて、光を目で追うのをやめる。コートに入れば隆一自身も見られる立場に変わるからだ。この恋は明かさない。それだけにスリルがあって楽しいのも事実だ。
コートの中へ入って虎視眈々と光の隙を窺う。こうやって獰猛になる瞬間は自分が男だと自覚させられる。光がボールを手にした瞬間、隆一は足の裏にグッと力を込めて走り出した。
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朝霧とおる