いつでも部屋に来いと言った光の言葉を真に受ける気になったのは、机に向かっていても上の空で、勉強が捗らなかったからだ。しかし光の部屋の前で我に返り、ノックもできずに立ち尽くす。
何と言って顔を合わせたらいいのかわからない。春哉も部屋にいるはずだし、用もなく会いに来たとは思われたくなかった。踵を返して立ち去ろうとした直後、部屋の中からドーンッと地鳴りがするほど大きな音が聞こえてくる。驚いて咄嗟に部屋へ飛び込むと、光と春哉が仲良く床に転がっていた。
「ッ!?」
「痛ぇ……」
「うッぐ……」
二人が転がる床はベッドの脇。じゃれていたのか暴れたのか、恐らく勢い余って落ちたのだろう。
「ぴかりん、いたーい……」
「こっちのセリフだっつーの。降りろ。あ……」
「あ、やなぎん。」
光と春哉が互いに悪態を口にしながら、隆一の気配に気付く。何故ここにいるのだと、二人から同時に不思議そうな視線を向けられて、部屋へ飛び込んでしまった自分を悔いる。
「……凄い音、したから……。」
「マジ? おまえの部屋まで聞こえた?」
「あぁ……う、うん。」
偶然部屋の前を通ったと最もらしいことを言えばよかったのに、二人から注がれる視線に気が動転して上手い言い訳は出てこない。そしていつまで経っても退く気がなさそうな春哉を、光が慣れた手付きで抱え上げたことに、僅かながら嫉妬心が芽生える。
「大丈夫そうだね。」
今度こそ逃げるように背を向けて、思い余って飛び込んでしまった部屋から逃げるように立ち去る。
「え、ちょッ、待って、隆一。」
「ギャッ!! 投げないでよ、ぴかりん!」
何かを察したらしい光の焦った声と、雑な扱いに抗議を上げる春哉。そのどちらにもイラついてしまう自分は狭量でみっともない。光に手を伸ばすことすら躊躇っている隆一とは違い、春哉はいとも簡単に光の逞しさを享受できる。そこにやましさがない事を理性ではわかっていても、隆一の心情はどうしても二人の親しさに嫉妬するのだ。
「待て。待って、隆一!」
「ッ……。」
早足で歩いていたが、周囲の目など気に留めることなく全速力で駆けてきた光は、あっという間に追いついてしまう。捕まりたくないというのは上っ面だけの気持ちだ。本当は追い掛けてほしくて、春哉を放って来てくれたことが嬉しい。
「何?」
「いや……なんか用だったんじゃないのか?」
「ッ……別に……。」
「別に、っていう顔じゃない。」
「光、やめてよ。こんなところで……。」
「あ、わりぃ……。」
後ろから強く手を引かれ、そのまま抱擁してきた光に一瞬身体は歓喜して、慌てて理性が光を突き放すための言葉を発する。
「なぁ……。」
「俺、勉強したいんだけど。」
「なら、そんな顔すんなよ。」
「ッ……。」
廊下は生徒たちの往来がまだ頻繁な時刻だ。隆一のささくれ立った雰囲気を感じ取ってか、光が小声でこちらの様子を窺ってくる。俯いて目を逸らした隆一に、めげることなく顔を覗き込んでくる強さ。躊躇いのない真っすぐさに胸が震えて、喜びが湧いてくる。
「なぁ、ちょっとだけ。五分でもいいや。」
「え……?」
再び隆一の手を強く引いて、光が歩き出す。隆一の部屋を通り過ぎ、端にある普段あまり使われることのない階段まで有無を言わせず連行された。
「……光?」
「おまえ、色々拗らせるから、こうする。」
より一層強く手を引かれて、生徒たちの死角に入ったところで抱き締められる。背後から覆い被さるように両腕で包まれたので、光の表情はわからない。振り返ればいいだけだが、そんな勇気はなかったのだ。
「怒ってるのか、悲しいのか……どっち?」
「……。」
「それとも両方?」
沈黙に後ろめたさを感じているのは自分だけだろう。春哉に嫉妬していることを認めたくなくて、勝手に自分で拗らせているだけなのだ。
「隆一。もう聞かねぇから、キスしていい?」
「ッ……。」
答える前に、光の唇が頬に触れる。息を止めて強引に口付けてくれる瞬間を待ってしまう。
「難攻不落の方が燃える。」
大きな手が肩を掴み隆一の両頬を捕える頃には、光の唇が隆一の唇と重なっていた。素直に嬉しいと言葉にできない代わりに、口付けに応えて必死に光の唇を貪る。
「隆一」
「ん……。」
「ホントに五分だけ?」
「ッ……。」
問い掛けにそっぽを向く自分はどこまでも可愛くない。けれど光はそんな隆一を見て、満足そうに笑ってみせた。
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朝霧とおる