懲りずに怪我を押してやってきた光に、もはや溜息も出ない。光に妙なスイッチを入れてしまったらしく、彼は全く引く気がなさそうだ。
後輩が読まなくていい気配を感じ取って部屋から出ていき、光は我が物顔で部屋へ入ってくる。
「なぁ、隆一。」
「勉強……してるんだけど。」
「じゃあ終わったら話聞けよ?」
「……。」
「都合悪いと、すぐ黙るよな。」
光の溜息を一瞥することすらできなかったのは、揺れる心を見透かされたくなかったから。人の機微に敏い彼に、戸惑っていることが筒抜けになるのはいただけない。
問題集から顔を上げずにあしらうと、光は遠慮なく後輩の椅子に座って身を乗り出してきた。
「ちょっと……。」
「教科書とか部屋置いてきたから見して。」
「……どれ?」
光を足蹴にするような態度を他のクラスメイトには見せられない。
「じゃあ、数学。」
隆一の手元を覗き込んで英語だと確かめた光は、一応配慮をしたのか、別の教科を寄越すように言ってくる。光の気遣いがかえって癇に障って、少し乱暴に教科書と問題集を放って渡した。すると光は隆一の行動を咎めるように腕を掴んでくる。
「ッ!!」
左足が使えないくらいで光の腕力になんら影響はない。手を引かれた勢いのまま椅子のキャスターが回転して、不本意にも光の腕の中へ飛び込む。衝撃に翻弄されていたら、そのまま光の大きな手が隆一の両頬をすくって唇が重なった。
「俺のことが、そんなに気に食わない?」
「ッ……。」
「目くらい合わせろよ。」
目が合うと、囚われて固まってしまう。怖いわけではない。嬉しさで心が震えているのだということを自分でもわかっていた。
「隆一の本音が知りたいだけだろ。」
好きだけど、付き合いたいわけじゃない。それは本音だ。けれどもっと心の深くに仕舞い込んだ想いは別にある。
ずっとこの気持ちを光が受け止め続け、そばにいてくれたらいい。そう願う気持ちが止められなくなってきていて、抱き締められながら苦しくて仕方ないのだ。
「……付き合いたいわけじゃない。もう忘れてよ。」
「目見て言えよ。」
「ッ……。」
「ちゃんと俺の目見て言え。」
勢いだけで光を見上げるものの、肝心の声を絞り出すことはできなかった。
何もない方がいいと言いながら、その一言を言ったら光が本当に離れていってしまうことを彼の目を見て悟ったから。真剣な目に射抜かれて、隆一は無意識に唇を噛む。光の親指が心配そうに触れてきて、初めて血が滲むほど強く噛んでいることに気付いた。
「隆一、痛いだろ?」
「……。」
「俺も痛い。」
苦笑いするから捻挫した左足かと思って下を見たら、光が軽く自身の胸を叩く。
「隆一に嘘つかせてるのは、俺だから。」
「ち、違ッ……」
「違くない。だって信用できないから怖がらせてるんだろ?」
光の本気を軽んじているわけではない。けれど人の心は環境が変われば簡単に移ろうものだから。自分だけが抜け出せない沼に嵌って、一人置き去りにされることが怖い。しかも人生の分岐点はこれから先、山ほど待ち受けているのだ。その全ての過程で自分を選ばせることがいかに困難なことか、考えるだけでも頭が痛い。
「夢だとさ、隆一、すげぇ誘ってくんのにな。今朝は凄かった。」
「夢でしょ。」
「俺の願望ってことだろ?」
「そんなの一時だけだよ。」
苦々しい想いで言葉を吐き捨てながら、胸の奥には熱さがともる。痛みを伴う充足感が隆一の身体を占めていった。
「誰にもわかんないじゃん。」
「……。」
「この先、俺と隆一がどうなるかなんて。」
「そうだよ。だから……」
「隆一が俺のこと大ッ嫌いになる日まで、俺は隆一の恋人だから。」
「……強引。」
「逆はない。」
断言してきた光に、隆一は微かに目を見開いて驚く。呆れを通り越し、関心して、苦笑いで光に問う。
「光は俺のこと嫌いにならないって?」
「二言はねぇから。」
「自信過剰……」
そんな都合のいい話があってなるものかと、光の言葉を心の中で諫めてみる。けれどそれを跳ね返す冷静さを失って、喜んでしまっている自分がいた。甘い言葉を信じてしまう愚かな自分が悲しいのか、光の真っすぐさが嬉しいのか、じわりと視界が滲んでくる。慌てて俯いた途端、一粒落ちた滴が光のズボンに大きな染みを作った。
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朝霧とおる