押し問答を数回繰り返して、隆一から同意の言葉を引き出すのは自分では無理だと悟った。この際、隆一があとから認めてくれれば良しとしようと腹を括り、光は勝手に隆一の恋人として振る舞うことに決めたのだった。
「隆一、次の移動、手貸して。」
「……いいよ。」
昨夜、部屋で繰り広げた険悪な空気は影を潜め、今、隆一の顔には涼やかな面が貼り付けられている。見事なポーカーフェイスには笑うしかない。光以外の前では変わらず体裁を保とうとする隆一の気持ちを利用して、彼が逃げないように声を掛け続けることが今の光にできることだ。隆一が露骨に無視を決め込むような態度を取らないことを見透かしてのことだった。
「まだ痛い?」
品よく口角が上がる隆一の微笑みが謎めいて好きだったのは、もう過去の自分だ。気持ちを剥き出しにして、必死に傷付くまいと抗う隆一に興味を惹かれている。光だけにしか見せない顔だと思えば、優越感は並大抵のものではない。
「痛いっていうより、動かないのがイライラすんだよなぁ。」
「こんな時くらい、大人しくしたら?」
目の奥が笑っていない隆一だが、逐一細かいことを気にしていたらメンタルがもたない。光は見ないフリを決め込んで、机に肩肘をつく。
隆一に対して臆する気持ちはどこかに吹き飛んでいた。呑気な連中が多い中で、確かに隆一の繊細さは際立つが、自分で勝手に拗らせているだけだとも言えて、必要以上に警戒するのはやめたのだ。
「教科書、持つよ。」
「助かる。やっぱ松葉杖借りてくるかな。」
「やめなよ。」
「何で?」
無茶して動き回るのが目に見えると溜息をつかれ、心配そうな眼差しが光の足へ注がれる。昨夜から続く彼の不機嫌さを思えば、怪我だけでも気遣ってくれるのは嬉しい。気になって仕方ないという視線は心地良く、彼の気を引けることを思うと怪我もしてみるものだ。
「なぁ、今日も部屋来て。」
「……。」
隆一と二人でノロノロと歩みを進めた光は、クラスメイトたちに遅れを取って廊下に取り残される。チャンスとばかりに早速迫ると、予想通り他に人目のない廊下で隆一はだんまりを決め込んだ。
「黙るの禁止。良いか悪いかぐらい言えよ。」
「……行かない。」
「じゃあ、俺が行く。」
「なッ……。」
「だって、おまえは来ないんだろ?」
正直な気持ちを打ち明けてくれない隆一に、不思議と不満はない。むしろ突っ撥ねてくる素直じゃない隆一を愛おしく思うだけなのだ。
隆一が来てくれないのなら、こちらから行くまでのこと。実にシンプルだ。いつか攻められることに慣れて、受け入れてくれる時を待っている。
「隆一」
「……何?」
「逃げたら、追っ掛けるからな。」
「その足じゃムリでしょ。」
「可愛くねぇな。」
「可愛いなんて言われても、嬉しくないから。」
どこまでも憎まれ口を叩く隆一に、光は声を堪えて笑う。しかし肩の震えを見咎められ、光は慌てて肩を竦めた。
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朝霧とおる