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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

あまのがわ喫茶室29

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あまのがわ喫茶室29

コポコポと湯が沸き始め、卵を二つ、湯の中へそっと落とす。結弦はトロトロの半熟卵が好きだからタイマーを七分にセットした。

知識だけが先走って、ちっとも上手くはいかなかったけれど、朝から昨夜の行為を反芻してしまうくらいには惚けていた。

足がふわふわと地についていないような気がして落ち着かない。一方、隣りで目覚めた結弦は、躊躇うことなく食い入るようにこちらを見て嬉しそうに笑った。彼の方がよっぽど堂々としている。涼介は嬉し恥ずかしで、結弦の瞳を見つめることすら困難だというのに。

葉物野菜にサーモンを一口大に切り分けて盛り付けていると、トースターから食パンが飛び出てくる。

「バター塗るね。」

「ッ!」

背後の気配に全く気付かなかったのは、意識が昨夜の夢に一部奪われていたからに他ならない。驚きが声に出なかっただけ、褒めてほしいくらいだ。

「あ・・・ありがとう。」

「ハチミツも塗る?」

「う、うん。お願い。」

涼介の大きなシャツを羽織っただけの結弦は、生足を晒したまま、全く涼介からの視線を気にしていないようだった。というより、気付いてもいないのだろう。今朝、ズボンを身に着けるように勧めたら、暑いからいらないと返された。深い意味はないはず。彼がわざわざ涼介を誘うために剥き出しにしているわけではないのは、頭ではわかっていた。

「涼介」

「うん?」

「今日、学校行ってくる。」

「学校?」

「うん。涼介も来る?」

休日に行くと言い出したことにまず疑問を持ち、誘われる意味もわからず、涼介は首を傾げる。彼の中に明確な目的はあるはずだが、いつも通り言葉足らずで詳細が不明だった。

「何しに行くの?」

「カタツムリ・・・」

「カタツムリ?」

「元の場所に戻そうと思って・・・。」

「飼うのはやめるの?」

「・・・うん。」

苦渋の選択だったらしいことは結弦の残念そうな顔を見れば一目瞭然だ。頭をポンポンと軽く撫でると、結弦が見上げてくる。

「大丈夫。結弦は一人じゃないよ。」

「うん。」

涼介の言葉に神妙な面持ちで頷いた結弦は、もう寂しさや不安を振り切ったようにキッチンをあとにしていく。一度決意したら強い彼を、打たれ弱い自分は見習わなくては、と思う。

軽快な音で時間を知らせてきたタイマーを止め、熱湯から卵を引き上げて、すぐさま冷水に浸す。殻を剥いて割ってみると、結弦の好きな半熟卵が絶妙な加減で出来上がっていた。

 * * *

天野が接客に勤しむ結弦の背中を見ながら、静かに微笑む。

「そうですか。二人は仲直りしたんだね。」

喧嘩とは少し違うけれど、二人の関係がぎくしゃくと噛み合っていなかったのは事実だ。細かいことは説明せず、涼介は天野の言葉にただ微笑んで頷く。

「ずっと一緒にいても、どんなに仲が良くても、全く別の人間だから。上手くいっている時はその事を忘れてしまう。相手が自分と違う存在だからこそ、手を取り合えた時は嬉しいし、同じ気持ちを分け合えたら幸せな気持ちになる。」

「心が通じるって、奇跡ですよね。今は慣れが怖くて。有難みを忘れちゃう日が来るかと思うと・・・。」

「人は忘れっぽいからね。私もよく忘れて、妻を怒らせたよ。彼女がいなくなってから、ただそこにいてくれる幸せがわかった。皮肉だね。」

「後悔したことはありますか?」

茶葉が緩やかに踊るよう、天野が静かにポットへ湯を注いでいく。涼介の問いに微笑みながら首を横へ振った天野は、再びポットへ視線を戻す。

「彼女と出会えたことを後悔したことは一度もない。人に優しさを持つ大切さを教えてくれた。彼女はまだ私の中ちゃんと生きているよ。私が君たちにほんの少しでも温かさを与えることができているなら、その温もりは彼女が残してくれた優しさの欠片だからね。」

父に同じ話をされても納得はできない気がした。いつだって穏やかに迎え入れてくれる天野の言う事だから説得力がある。彼の言葉が身に染みてわかるのは、きっと遠く先の事だろうけれど、結弦のことも自分のことも大事にしようと心に刻む。

「天野さん、天体観測するのにオススメの場所、あったりします?」

「楽しいだろう?」

結弦のはしゃぎっぷりを天野に見せたかった。きっと二人は興奮気味に語り合うに違いない。

「結弦に綺麗な星空を見せてやりたくて。」

「素敵な計画だね。早速、夏休みに行ってみるかい?」

「はい。あ、でも・・・あんまりお金はないんですけど・・・。」

いくつか近場で紹介するよ、と天野は快く引き受けてくれて、涼介はホッとして微笑む。

入口の扉から鐘の鳴る音が響いてくる。入ってきたのは見慣れた老婦人だった。涼介はカウンターを離れて接客に赴く。結弦が擦れ違いでオーダーを受けて帰ってきたので、今日も順調な客足だ。紅茶の香りが店内へ満ちていくまでに、そう時間はかからないだろう。

続けざまに入ってきた若い女性二人組に、今度は結弦が忙しなく接客に向かう。

仲直りの記念と称して天野が別に切り分けてくれたベイクドチーズケーキ。その二切れを残して、ショーケースの中はすっかり綺麗になくなった。








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お付き合い、ありがとうございました!
二人の「初めて」は、この緩やかな雰囲気に合わないなぁと思って、あえて本編には織り込まず、明日番外編でお届けします。
涼介主導でいくのか、結弦主導でいくのか・・・。

ようやくドイツから帰国し夢から醒めたので(笑)、
生活が通常運転に戻りつつあります。
あまのがわ喫茶室の後は、しばらく「碧眼の鳥」の冬模様をお伝えしていきます。


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