涼介に頭を撫でられても、強く抱き締められても、ただホッとする以外の反応を自分は今まで知らなかった。昨夜、涼介にギュッと抱き締められた瞬間、彼の緊張が結弦にも移ってしまったかのように、身体が強張って熱を感じたのだ。
「変だった・・・。」
いつもの自分ではなかった。身体に確かな疼きをおぼえて、焦って涼介を突き放してしまった。今思えば、涼介が傷付いた顔をしていたように思う。どう釈明したら良いのかもわからなくて、あれから連絡一つ入れていない。授業にも身が入らないまま時間だけが過ぎていく。
「・・・ら、とり・・・白鳥!」
「ッ!?」
天から降ってきた声で我に返り、結弦は驚いて頭上の飯島を見上げる。
「白鳥、どうしたんだよ? もう授業終わってるぞ。」
「え・・・。」
いつの間にか、意識だけ逃避行していたらしい。講堂の前を見ると、確かに教授の姿はなく、生徒たちも席を立ち始めていた。
「大丈夫? ノート途中から真っ白じゃん。俺の見る?」
「う、うん。ありがとう・・・。」
飯島が結弦の頭をポンポンと軽く叩き、くしゃりと髪を掴んで触れてくる。
「具合悪いとか?」
「ううん、悪くない。ボーっとしちゃって・・・。」
不思議そうに結弦の顔を窺っていた飯島だったが、その顔がパッと何かひらめいたように華やいで、興味津々で結弦に耳打ちしてくる。
「キスした人とは、どうなったの?」
「ッ・・・。」
もともと飯島に相談したのは結弦自身だけれど、涼介とのキスを思い出して顔を熱くする自分に、自分で戸惑ってしまう。
「もしかして、付き合ってる?」
「・・・ううん。」
飯島は未知のものを探求するようなまなざしに溢れている。しかしそんな視線を寄越しつつも、彼は結弦の返答に首を傾げた。
「付き合わないの?」
「わからなくて・・・。」
「向こうが本気かどうか?」
涼介の気持ちは確かにわからない。互いが一方通行のまま言葉をぶつけあっている状況に戸惑っている。結弦自身が涼介と一緒にいたいと願う気持ちと、涼介の好きという言葉に込められた想いが同じなのかどうか、測りかねて右往左往しているのだ。
内緒だと口止めされたけれど、せっかく親身になってくれている友がいるのだから相談してみたい。解決したいという切羽詰まった気持ちと、飯島ならどうするだろうかという、湧いてきた好奇心に負ける。
「自分の気持ちと、相手の気持ちが同じかどうかわからないんだ。」
「わからない時は聞くしかないんじゃない?」
確かに飯島の言う事は最もなのだが、昨日は追い縋って聞けるような雰囲気ではなかった。
「でも・・・昨日怒らせちゃって・・・。」
「喧嘩したの?」
「変な顔して、帰っちゃった・・・。」
飯島が結弦の言葉に腕組みをして唸る。
「一緒にいたいのと、好きなのは同じだと思う?」
「難題だな、それ。」
自分より飯島の方がよっぽど社交的に見えるが、その彼にも難題なのだとわかり、少しホッとする。その壁に悩むのはどうやら自分だけではないらしい。
「白鳥はさ、キスしたのはどうだったの?」
昼前の講義だったため、教室内ではまだ雑談に勤しんでいる学生がそこかしこにいる。声を潜めて尋ねてきた飯島の目は、相変わらず未知の現象に立ち会うように輝いている。
「うーん・・・柔らかかった、かな。」
「それは、つまり・・・嬉しいってこと?」
「わからない。」
飯島がまたしても唸って、突然身を乗り出してくる。結弦は驚きつつも肩を叩かれながら、そんな彼の言葉に耳を傾ける。
「イヤだったり、気持ち悪くなったり、触んなよ、って思わなかった?」
「それは思わなかった。」
「わかったぞ!」
少し興奮気味に手を取って握ってきたので、ただその様子に圧倒されていると、飯島が何かひらめいたようで、コソッと耳打ちしてくる。
「白鳥がその人に好きだよって言えば、きっと解決する。」
「え?」
「騙されたと思って言ってみてよ。きっと喜んでくれるから!」
「う、うん。」
飯島の勢いに押されるかたちで結弦は頷き返し、彼が差し出してくれたノートを慌てて受け取る。
「絶対、両想い。白鳥はその人のこと、好きなんだよ。」
「好き・・・。そっか、好きなのか・・・。」
ポツリとこぼした結弦の言葉に、飯島が少し得意気に頷く。
「そんな気してきた?」
「うん。」
モヤモヤと渦巻いていた気持ちに命名してもらい、結弦も一つ小さく自分に頷く。
昨夜、涼介との間に漂った不穏な空気などすっかり吹き飛ぶ。早く伝えに行きたい気持ちをどうにか堪えつつ、結弦はソワソワと落ち着きのないまま午後の授業を過ごした。
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朝霧とおる