泣くのはズルい。しかし泣かせたのは自分なので、責任を取って面倒を見なければという使命感は湧く。結弦の世話を当然のように見てきた涼介にとって、放置して帰ることは難しい。
結弦が泣くのは珍しかった。小さい頃から滅多なことでは泣かなかったのに、彼にとって涼介と一緒にいたいという想いは譲れない一線らしい。
「結弦、ゴメン。泣かないで。」
今までこんな風に泣かせたことはなくて、ただ戸惑う。結弦の部屋で腕の中に彼を収めても、悔しそうに唇をキュッと結んだまま険しい顔をしている。
「そんな顔しないで、結弦・・・。ね?」
「どうして、涼介が難しいこと言うのか、わかんない。」
好きだと伝えれば、許諾か拒絶のどちらかが与えられるはずだった。少なくとも涼介にとって、それが受け入れられる現実だ。しかし結弦が選んだのはそのどちらでもなく、ふわふわとしていて気持ちの在処は捉えどころがない。そもそも涼介の好意が正確に届いているかどうかさえわからないままだ。
「結弦、好きな人いる?」
「・・・。」
「俺にとって結弦は特別なんだ。」
「特別・・・。」
「うん。」
途方に暮れて反芻してくる結弦を見ると、やはり意地悪なことをしているのかもしれないと思ってしまう。それでもどうにかこの気持ちだけでも届いてほしいと思うから、涼介は必死に言葉を探す。
「俺が結弦を大切だと思うように、結弦にもそう思ってほしい。」
「・・・。」
「結弦は・・・俺がいなくなったらイヤ?」
「うん。」
辛抱強く彼の意思を紐解いて、答えに辿り着くことができることを願うしかない。内心、唸りながら頭を抱えつつ、いつの間にか涼介の言葉に聞き入って泣くことをやめた結弦にホッとする。
「俺が誰かと付き合ったら、どう思う?」
涼介の言葉に結弦が思いのほか驚いた様子で目を見開く。そんな彼の様子に驚いたのはむしろ涼介の方だった。
「付き合わないで。」
「どうして?」
ただの独占欲からくる言葉なら、それは涼介が望んでいるものではない。また泣きそうな顔で睨んでくる結弦に屈しないように、涼介も目をそらさずに見下ろす。
「俺も結弦が他の誰かと付き合うのはイヤだよ。」
「・・・好き・・・だから?」
「うん。」
「好きだから・・・一緒にいたいのかな?」
やっぱりそこは疑問形なのだなと苦笑いしながら、涼介は抱き締める腕を強くする。
「涼介、苦しい。」
博識なくせに、好きの一言も伝わらない恋愛音痴ぶりを、受け止めて笑い飛ばすより他ないのか。
抗議の声を上げる結弦に構わず、ギュッと抱き締めたまま、涼介はベッドに横たわって天井を見上げる。
「ねぇ、結弦。」
「・・・うん?」
「今、ドキドキする?」
「なんで?」
「・・・。」
本気で不思議そうに尋ねてくる想い人に苦笑して、涼介は隠しもせず大きな溜息をつく。きっぱりフラれる方がまだマシだと思えるくらいには参っていた。こんなの手も足も出しようがないではないか。
「俺はドキドキするんだけどな。」
「・・・好きだから?」
「うん。」
一応理屈はわかったらしい。途方に暮れつつも結弦の髪を手で撫でていると、今までちっとも抵抗らしいものを示してこなかった結弦が、涼介の上から身を起こそうとモゾモゾ動き始める。
「結弦?」
「降りる。」
逃げるように腕の中から去っていくので、涼介は少なからずショックと受ける。ベッドのそばで小さく蹲り背を向けてしまった結弦から感じるのは拒絶だ。もしかして今になって涼介の言う好きの真意がわかったのかもしれない。さっきまでフラれる方がマシだなんて思っていた読みの甘さに打ちのめされる。
彼の背中から発せられる気まずさに、先に根を上げたのは涼介だった。
「・・・結弦、帰るね。」
「え・・・。」
安堵するわけではなく、焦ったような顔で見上げてくる結弦に、涼介は内心首を傾げて結弦に近付こうとする。しかし今度は明らかに狼狽えた結弦に、伸ばしかけた手を引っ込めた。
くるりと背を向け、玄関まで歩いていっても、結弦が追い掛けてくることはなかった。いつもなら、不貞腐れた顔をして横を離れようとしないのに。
逃げるように外へ出て、閉まったドアを背に呆然と立ち尽くす。
「怯えてた、よな・・・。」
自分の好意は結弦にあんな顔をさせる。やはり言うんじゃなかったと悔やんでも、もう遅い。
涼介は足早に結弦のアパートをあとにした。
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朝霧とおる