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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

あまのがわ喫茶室20

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あまのがわ喫茶室20

都内の観光スポットにもなっている水族館は、土曜日の朝から人でごった返していた。しかし結弦は人が多い少ないを気にするたちではない。自分が夢中になれるものに集中できさえすれば、なんとも涼しい顔をしていた。

目を輝かせている姿は、本当に惹き込まれる。楽しくて仕方ない様子が全身から滲み出ていて、特に小さい生き物には興味津々で食い入るように見つめていた。そんな彼がかれこれ小一時間ほど立ち止まっているのは皇帝ペンギンのエリアだ。幸か不幸かエリアの前に設置してあるベンチを確保できてしまい、いつまで経っても離れようとしない。

「あの二羽、仲良しだね。ずっと一緒にいる。」

珍しく話しかけてくるかと思えば、涼介たちの目の前で仲睦まじそうに寄り添っているペンギンの話だった。

「あんな風にね、涼介とずっと一緒にいたいんだ。」

「そう?」

「うん。でも・・・。」

「でも?」

「一緒に暮らしたいって言っても、涼介ダメだって言った。」

結弦が身体の関係も込みで好きだと言ってくれるならダメだなんて言わない。

「ルームシェアじゃなくて、同棲ならいいよ。」

「うん、いいよ。」

言葉のあやだけど、涼介にとっては譲れない大事なポイントだ。はっきりしておかないと、辛い思いをするのは自分の方。涼介にとって我慢を強いられるだけなら一緒に暮らす意味はない。

「結弦・・・意味わかってる?」

「ん?」

「やっぱり、いいや。後で話す。」

「うん、わかった。」

殊勝な顔をしてわかったと頷いたが、絶対わかっていないだろう。昨夜だって露骨な言葉を並べて威嚇したのに、微塵も覚えていない顔だ。

依然、結弦の意識を攫っているのはペンギンだった。涼介が言い淀んだことも気にする様子もなく、再びガラス窓のそばへ行って群がる子どもたちに紛れてペンギンを見つめ始める。

もういい加減このエリアは離れたいと、涼介はベンチから腰を上げて結弦の背後に立つ。しかし全く涼介の気配に気付くことなく、結弦の視線は寄り添っている二羽に向けられたままだ。いたくお気に入りらしい。

「結弦、そんなに気に入ったなら、何かお土産買っていく?」

「お土産?」

「ショップに図鑑とかあるかもよ?」

「うん、欲しい。」

人参をぶら下げる作戦は成功したらしく、ようやく結弦が立ち上がる。

「結弦、お腹空かない?」

「・・・空いた。」

「じゃあ、レストラン行こう。」

「うん。」

もうとっくにお昼の時間は過ぎていた。どこもさほど並ばずに入れるだろう。結弦の好きそうな物を提供しているレストランは予め調べておいたから、後は誘惑がそこかしこに点在するこの水族館を無事抜け出すだけだ。なんとか結弦の目を水槽に向けないよう話で引き付けながら、涼介はようやく長い水のトンネルを抜け出した。


 * * *


水族館に併設されているショップで図鑑を買った。それを入学祝の代わりにすると、結弦からいつになく興奮気味に礼を言われる。これだけ喜んでくれるなら連れてきた甲斐がある。子どもでもここまで喜ばないだろうというはしゃぎっぷりだ。

夢中になれるものがあるというのは、それだけで生きがいになる。結弦の凄まじい好奇心はそれこそ天性と言えた。涼介はここまで何かにのめり込んだことがない。探求心の塊のような結弦に、ある種の羨望がある。

「涼介」

「うん?」

「今日も泊まってく?」

駅から結弦のアパートへ向かう道で、結弦が不安げに聞いてくる。拒まれることは予想しているらしく、結弦の顔は強張っていた。可哀想だと思いつつ、涼介の想いを押し付けるわけにもいかない。悶絶しながら夜を明かしたくはないから、帰る以外の選択肢は涼介の中になかった。

「いや、帰るよ。」

「・・・。」

結弦が黙るのは気に入らない証拠。結弦は水族館で棚上げにした話を覚えていたらしく、食い下がってくる。

「涼介と同棲する。」

「意味わかってないだろ?」

「わかってるよ。一緒に住むってことでしょ?」

売り言葉に買い言葉、少し結弦にきつく言い返す。

「してもいい?」

「何を?」

昨日のやりとりは、ほぼ無と化したらしい。少しイラつきながら溜息をつく。

「キスとかセックス。」

「いいよ、しても。」

「え?」

「ちゃんと、わかってるよ。」

結弦が口を尖らせて、眉を寄せる。

「わかってないよ。」

涼介が呆れたように溜息をつくと、急に結弦が涼介の進路を阻んで、立ち塞いで見上げてくる。今まで見たことのない怒りに満ちた顔だった。

「涼介、最近試すようなことばっかり言う。わかってる! 涼介の意地悪!!」

「ゆ、結弦・・・。」

見上げた瞳をそのままに、結弦が目の前で大粒の涙をぽろぽろと溢し始める。

「ちょ、ちょっと待って・・・泣かないでよ。結弦、ごめんってば・・・。」

狼狽えつつも可愛いと思ってしまった心は一旦封印して、とりあえず人目のつかないところへ行くのが先決だと周囲を見渡す。幸いにも人影はなく、結弦の手を引いて急ぎ足で彼のアパートを目指した。こぼれ続ける涙を拭いもせずに泣き続けるので、涙が頬に川を作り、溢れ出たものがぽたぽたと地面に落ちていく。

結弦のアパートがもう目前だというところで、残念ながら自転車に乗った女子高生とすれ違い、二人を不審そうに眺めて去っていった。









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