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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

あまのがわ喫茶室17

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あまのがわ喫茶室17

寝込んだ結弦の分も、と忙しく動き回ったのが功を奏して、アルバイトを終えてあまのがわ喫茶室をあとにする頃には、頭が冷静さを取り戻した。

寝不足で顔色もあまり良いとは言えない涼介に、天野は倒れないでくださいね、とだけ言った。こちらが話さない限り、あれこれ詮索の手を伸ばしてこないのが天野のいいところだ。結弦が寝込んだことについても、和やかな笑みで一つ頷いたに過ぎない。涼介は有難くその誠意を受け取り、多くを語らなかった。

風邪が治るまで、と決めたが、結弦の真っすぐな眼差しに誘われてキスだけはしてしまった。不思議そうな顔で見つめてきたが、果たしてその真意をどう捉えたらいいものだろう。熱で記憶が曖昧だったのかもしれないと、すっかり熱の下がった今朝、自分のアパートへ戻ろうとする結弦を引き留めて、もう一度キスをした。けれど反応は大して変化がない。

拒絶でもなく恥ずかしがるでもなく、あの反応をどう解釈するべきか、涼介は途方に暮れていた。

今日は大学へ行くらしい。病み上がりであることは心配だったが、カタツムリの餌やりに使命感を燃やす結弦を引き留めることはしなかった。もう幼子ではないし、三十八度以上あった熱を一晩で下げたのだから、彼の体力をそれなりに信用してもいいだろう。

昔からズレているとは思っていた。しかし恋愛に対する彼の感覚は際立っていると言っていい。そもそも涼介の言動を恋愛感情によるものだということすら理解していないかもしれない。けれど逆に言えば、説き伏せることさえできれば懐柔することが可能なのではないかと思えてくる。

「まずは水族館か・・・。」

結弦の体調が問題なさそうであれば、今週末、約束通り二人で行こう。そもそも誘ってくれたのは結弦の方だ。距離を縮めるためにこの機会を逃す手はない。入学祝もうやむやになっていたから、何か欲しいものがあるなら買ってあげるのもいいかもしれない。

まずは結弦に楽しんでもらうのが先決だろう。ごちゃごちゃ悩んでいても、涼介の心労が増える一方で、あまり実りもない気がした。

《水族館、行く?》

送ったメッセージはすぐ既読になり、結弦から行きたいと返信がやってきた。


 * * *


それぞれ授業を終え、あまのがわ喫茶室で合流する。涼介と結弦の間に不穏な空気は一切なく、陽が暮れるまで接客に追われた。

時折、結弦の様子を窺ってみるものの、もう体調は戻っているようだ。足がふらつくこともなければ、辛そうにすることもなく、涼介は一安心する。水族館に行くのがよほど楽しみなのか、見たい生き物がたくさんあるのだと、天野に嬉しそうに話していた。

天野は二人が行こうとしている水族館に行ったことがあるらしい。魚たちの視線でダイナミックな泳ぎが見られるらしく、見どころを語る天野の顔もそれを熱心に聞き入る結弦の顔も明るい。やはり結弦と天野には観察者として根底の部分で通じるところがあるようで、いつも穏やかな天野のテンションがどことなく高いのは興味深かった。

弾んでいた会話が途切れたかと思えば、二人で真剣にポットの中の茶葉を見つめている。似た者同士のおじいさんとその孫が寄り添っているようで、なんだか微笑ましい。涼介は布巾を熱湯消毒しながら、口元を緩める。どんな事があったとしても、ここへ戻ってくれば天野が穏やかな目で自分たちを迎え、口数の少ないはずの結弦はお喋りに興じる。あまのがわ喫茶室に流れる時間は涼介にとってかけがえのないもの。春の嵐が吹き荒れていた心の中がようやく落ち着きを取り戻したようだった。

ドアに括りつけられた鐘が揺れ、老婦人二人が入店してくる。ハッと顔を上げた結弦を目で制し、涼介は水の入ったグラスを持ってカウンターを離れる。キョロキョロと収まりのいい場所を探している二人を笑顔で出迎えて、彼女たちが座るのを待ってグラスを置き、メニューを開いて渡した。

「まだケーキはあるかしら。」

「ございます。お二つ、ご用意致しますか?」

「まぁ、良かった。そうしてちょうだい。」

「私はアールグレイで。」

「私もそうするわ。」

オーダーを取り終えてカウンターへ戻ると、結弦がオーダーをしっかり聞き取っていたらしく、すでにベイクドチーズケーキを皿へ取り出していた。こういう気遣いはできるのに、何故全く私生活に反映されないのかと不思議に思う。

「ありがとう、結弦。」

「うん。」

ちょっと得意げなのが可愛い。礼を言って微笑むと、照れ臭そうに紅茶の準備をし始めた。

「慣れてきたね、白鳥くん。」

天野が涼介に囁きを残していく。きちんと戦力になり始めていることを意外に思うのは結弦に失礼だが、涼介は内心その気持ちが強かった。接客も全く向いていそうにはなかったのに、特にトラブルもなくこなしている。

人間やってみなければわからない事がたくさんあるものだ。思い込みで他人がチャンスを奪ってしまうのは、あってはならないだろう。つい結弦のことが心配で手取り足取り面倒を見がちな自分を少し反省する。

結弦がティーカップにお湯を注ぎ込み、温め始める。涼介も棚からアールグレイの缶を取り出して、茶葉の香りに包まれながら適量を匙で掬い取った。









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