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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

あまのがわ喫茶室1

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あまのがわ喫茶室1

スリランカやインドから仕入れたオーナーこだわりの茶葉の香りが、狭い店内を優しく包み込む。ベイクドチーズケーキを切り分けてショーケースに収めると、加賀涼介(かがりょうすけ)はその他の開店準備を始めた。

掃除機は昨夜の閉店時にかけたので、テーブルと椅子を水拭きして回り、小さな花瓶に一輪ずつ花をさしていく。

カウンター兼キッチンに戻り、棚から大きなシュガーケースを取り出す。一つの小皿に角砂糖を二つ取り分けたのは、開店と同時にやってくる常連客への備えだった。開店前だというのに、初老男性が一人、新聞片手に店の外で待機している。彼は一つのポットで必ず二つの角砂糖を使う。常連客には過不足のない丁寧な接客をするのが、ここのオーナーである天野源三郎(あまのげんざぶろう)のこだわりだ。

天野は今年、古希を迎える。白髪と口髭がよく似合うダンディで物静かな老人だ。自分も歳を取るならこういう取り方をしたいものだと、涼介は常日頃、彼を見て思っている。

「加賀くん、開けようか。」

「はい。」

天野が声をかけてきたので、涼介は少し色素の薄いグレーの瞳を細めて微笑み頷き返す。涼介が扉の鍵を回して店の外へ出ると、この日も冬空の快晴だった。身に染みる寒さを感じながら、涼介は二つ下の幼馴染のことを想う。すぐに自然の観察に没頭してしまう彼は、寒さなど忘れていつの間にか身体を冷やしていたりする。どうか今日という日も暖かい格好をしていてほしい。

春がやってきたら、一緒にこの街で暮らすことになっている。涼介は長年想いを寄せる彼がここへやってくることを心待ちにしていた。早く春になるといい。想いが通じるか否かは今の涼介にとってさほど重要なことではなかった。この喫茶店は彼も気に入ると思う。彼が満足そうに好きな紅茶を口にしながら、同じ空気を吸いたい。今はその願いが叶えば十分だ。

閉店から開店中へと札を裏返して扉に掛け直す。涼介は常連客を促して店内に招き入れると、その後を追って温もりとジャズに満ちた店内へと入っていった。


 * * *


涼介は親元を離れて上京してきた。とは言っても、千葉から東京へ出てきただけだから、さほど目新しいものがあるわけでもない。高校生の頃は行動範囲が狭かったものの、父親や友人たちと渋谷や新宿へ足を延ばすことも少なくなかった。

「加賀くん。レポートの結果、どうだった?」

「見る?」

「いいの? 見る、見る! あ、やっぱり加賀くん凄いねぇ。ほら、見て!」

「ホントだぁ! A評価!」

今日は年始に提出したレポートの講評日だった。返却時間中、ざわめく講堂に緊張感はまるでなく、皆それぞれが友人たちとたわいない話に興じている。

話しかけてきた同じ学部の学生を横目で見ながら、少しキツめの香水に内心溜息をついた。

声をかけてくれた女子学生は涼介のことをしっかり認識しているようだったが、涼介は彼女たちの名前を知らない。顔は幾度も見た覚えがあるのだが、高校時代のクラスメイトのように毎日顔を突き合わせるわけではないので、付き合いが深くないとその程度になってしまう。

涼介はクォーターだった。父方の祖母がフランス人で隔世遺伝によって色濃く出た異国の血は、グレーの瞳と茶色の柔らかい髪を彼に与えた。通った鼻筋にバランス良く配置された顔のパーツはなかなかに人目を引く。彼女たちが声をかけてくれた理由は少なからずこの容姿に原因があるだろうけれど、涼介は女性にそういう意味での興味が持てないたちだった。

しかし特段その事を憂いているわけでもない。可愛い彼女が欲しいと思う代わりに、心を通わせることのできる彼氏が欲しいと思っているだけだ。

人並みに恋をしたいと願い、今は幼少期から高校時代までを兄弟のように過ごした幼馴染の白鳥結弦(しらとりゆづる)に心を奪われている。想いは伝えていなかったが、だからこその近しい距離だということもわかっていた。今のところ彼に想いを伝える予定はない。二人だけの思い出を作れるなら、それだけで幸せだ。ひっそりと恋心を温めて、彼のことを大切にしたい。

二つ下の結弦は今年受験を迎えた。無事に志望校へ行くことが決まり、二人で同じ街に暮らす。同居ではない。それぞれ駅を挟んだ近しい距離で暮らす。涼介はたったそれだけのことに舞い上がっていた。

実家にいた頃の涼介は結弦と家が隣りだった。生まれた頃から高校時代まで同じマンションで暮らし、涼介の母が蒸発してしまった時も、結弦の両親が離婚した後も、二人の関係が変わることはなかった。

二人とも父子家庭であることまで同じだ。仕事で遅い父の帰りを待ちながら、勉強をしたりご飯を食べたり、家族同然だ。結弦は物静かな少年で、子ども心にそれが気がかりだった自分は、よく結弦の面倒を見ていた。途中までは本当の弟のように可愛がっていたと思う。思春期に差しかかり恋心に変わったことは涼介の中でそれなりの大事件だったが、今ではそういう目で見てしまう自分のことを冷静に受け止めている。

大切な存在であることに、今も昔も変わりはない。だから一緒にいられる限り、結弦と共に過ごしたい。邪魔が入ればみっともなく足掻こうとしてしまうかもれないけれど、それも好きになってしまったから受け入れるより他ないだろう。結弦に好きな人ができた時は傷つく覚悟をしている。

「加賀くん、今日みんなで打ち上げしようって話してたんだけど、どう?」

いつも通り和やかに微笑み返しつつ、やんわり誘いを断る。平日の今日はバイトが通常運転だ。涼介は水曜日にフルタイムで、その他の平日は授業後に喫茶店でバイトをしていた。

「ごめん。俺、バイトあるから。」

「そうなの? 残念・・・。」

「加賀くん、ってあんまり集まりとか来ないよね。なんで?」

可愛い彼氏を紹介してくれるなら行くけど、と心の中でこっそり言い返す。

「バイトぎっちり入れちゃってるから。別に飲み会が嫌いなわけじゃないよ。」

飲み会が嫌いなわけではないのは本当だ。でもせっかく行くなら好みの子を目の保養にするだけでなく恋愛をしたい。彼女たちと飲みに行っても涼介と同じ性的指向を持つ同性の登場は期待できない。だから涼介としては行く理由がなかった。

「また、誘うね!」

「うん、ありがとう。」

華やかな彼女たちに社交辞令を返して、笑顔で頷く。彼女たちはそれで満足そうにしたので、涼介はこっそり安堵の溜息をついた。










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